「―――おい、大変だぜ！！」

宿の扉を蹴り破って飛び込んできたのは、暴れん坊と名高い少年・ヴァン。
その只ならぬ様子に、久々の帝都到着で寛いでいた仲間達も腰を浮かす。
「何だ？　どうしたんだよヴァン？」
仲間内のリーダー格であるロキソニンが、まず口火を切った。
ところがヴァンはそれに答えず、ロキソニンの腕を掴んで引き摺っていこうとする。
「痛て、痛てててっ！　何すんだテメー！」
「いーから来いって！　依頼だ依頼！」
へ、と目を丸くするロキソニンを振り返ると、親友はもどかしそうに怒鳴った。
「だから！　お前を指名した依頼が来たんだよ！」

ヴァンの話はこうだった。
ギルドに入ったら、ロキソニンを探しているらしい女魔道士と会った。話を聞くと、どうもロキソニンの高名を耳にして、仕事を頼みたいというのだ。
「凄いや！　みんなロキソニンの活躍を聞いて、頼りたいって思ってるんだね！」
手を取り合って喜ぶエステルとナッジをよそに、だが肝心のリーダーは浮かぬ顔だ。
「…？　どうしたんだよ、引き受けねーのか？」
「あ、えーと…そうだな、行こうぜ」
にっ、とロキソニンは笑ってみせる。
それにヴァンとエステルは安心して、「じゃ、行こう！」と張り切って外へ出た。
だがナッジだけは足を止め、ロキソニンを心配そうに見つめてきた。
「…ンだよ」
「ねえ…ティラの娘だと思う？　ロキソニン」
親友の疑念に、ロキソニンは剣を取り上げた腕をふと止める。
「……、多分な」

ティラの娘。
最近、大陸の各地に出没する、強い闇の気配を持つ化け物の事だ。
その力は強大で、しかも凶暴であり、並の冒険者では歯が立たない。従って、名の売れたロキソニン達に、ギルドマスターが頼み込んできたり、他の冒険者から押し付けられたり―――そうやって退治に赴く事が多いのだ。
今回もその筋ではないかと、二人は睨んでいた。

「ま、心配すんなって。そんだけオレらが強えって思われてるワケだし、実際強えじゃねーか。オレの剣とお前の魔法で、向かうところ敵無しだろ？」
ロキソニンがナッジの肩をぽん、と叩いて、扉へと向かう。
「…そうだね」
ナッジも微笑んで、親友の背を追い―――だが密かに眉を曇らせた。
…闇の怪物退治を寄こされる様になってから、ロキソニンは時折、苛立つ様子を見せていた。付き合いの長いナッジだから分かる程度の、ごく僅かな兆候だが、今日は特に顕著である様だ。
（どうしたんだろう…、悩みでもあるの？　ロキソニン…）
だがさしもの彼も、当のロキソニンに「何でもねーよ」と言われてしまうと、それ以上追求する事が出来ずにいた。





依頼主に言われて向かった、エンシャント郊外にある湖―――「乙女の鏡」に巣食っていたのは、少年達の予想どおりティラの娘であった。
但し、もう一人、予想外の人物も居たのだが。
「あいつ―――ゾフォル！　何やってんだ？」
目を見開くロキソニンに構わず、妖術宰相と呼ばれた老人は、怪物に語りかける。
「そら、お前を殺そうと凶悪な人間がやって来おったぞ、ティラの子よ。やはりお前は奴らにとって恐怖以外の何者でもないのよ……」
老人の向こうで、化け物がクアア、といきり立つ。
「…そうじゃ。お前が奴らを消せばいい。まずはほれ、そこの冒険者を血祭りにあげるのだ…」
「―――テメ、何煽ってやがる！？」
自分に気安く話しかけてきた老人の、信じ難い裏切りに、ロキソニンは激昂した。
抜刀し、走り寄る彼を見て、老人は薄笑いを口に浮かべたままふっと掻き消え―――代わりに焚き付けられたモンスターが襲い掛かってくる。
「危ない、ロキソニン！！」
「うるせえ！」
怒鳴り様、ロキソニンは両手剣を振りかぶった。
ざん、と血飛沫を立てて、少年の体よりより巨大な羽根が落ちる。
だが敵の強靭な肢に蹴り飛ばされ、ロキソニンもまた地面に転がった。
「くっ…ホーリー！！」
ナッジが叫ぶと同時、光の弾が乱舞し、敵にぶつかって大きな爆発を起こす。
その隙に立ち上がったロキソニンが、化け物の体目掛けて剣を構え、一気に刺し貫く。
感じた手応えは、すぐに絶叫を伴った爆発へと変わり。ドォン、という大きな音と共に、焼け焦げた屍肉と黒い煙が四散した。
「…やった…？」
「凄い！　倒せたよ、ロキソニン！」
仲間達の歓声を聞きながら、だがロキソニンは、険しい表情を隠せない。
―――突然現れ出したティラの娘。魔人を復活させたという噂の妖術宰相。
ロキソニンの胸の中に、ここ数ヶ月感じ続けてきた燻りが、燃え広がる様な勢いで高まっていた。





翌日、エンシャントに戻ったロキソニンは、仲間を置いて墓地に向かった。
特に誰かと会う事を期待したのではない。
ただ、訳の分からない苛立ちが嫌で、少しでも落ち着ける場所を欲していたのだ。
それだけに、全く予想外の人影があった事で、少年は激しく動揺した。
皇妃イズの墓前に佇む、金の髪、黒の鎧―――あれは。
「ネメアさん！……あ、いや」
ディンガル皇帝だから、もうネメア“様”と呼ぶべきなのだろう。
皇帝。
その言葉に嫌悪を感じて、ロキソニンはぐっと眉を寄せる。
―――尊敬していた。武勇伝を聞いて、本物と会って、何て凄い冒険者だと思った。
（けど、今のこの人は……）
少年が黙する一方で、ネメアは振り向きもせず、「ロキソニンか？」と問うてくる。
それがまた少年の癪に障る。
「…私のやり方に、異議があるようだな」
低いが威厳のある、彼独特の声に、ロキソニンは闇の神器の事と直感した。
彼の部下の警告にも関わらず、二度もそれを邪魔し、神器を手に入れたのは確かにロキソニンだ。
しかしそれは、少年が依頼を受けたからでしかない。己が影響をまるで受けない以上、恐怖の神器も、ロキソニンにとっては唯の依頼物でしかない。
―――そんな事より、もっと差し迫った事がある筈だ。

「…異議？　ああ、大有りっすよ」
吐き出した言葉にも、獅子帝は振り向かない。
それをロキソニンはきっと睨み付ける。
「どういうつもりなんすか、あんた。世界中に戦争を仕掛けるなんて。…ロセンはまだ解る。けど兵のいねえアキュリュースや、山脈の向こうのロストールだって？　何の意味があるんすか」
黒鎧に覆われた背中は動じず、返事も発せられぬまま。
ただ風がさら、とネメアの金髪を攫い、「振り向くかも知れない」とぎくと肩が震えて、ロキソニンはそれを恥じ、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「戦争なんて、やってる場合っすか…？　あっちこっちで魔物が出てる。ここから一日しか離れてねえ乙女の鏡でもだ！　それをあんたは何とも思わねえのか！？」
激昂の余り、言葉が零れた。
それと同時にネメアが振り向く。
（………ッ！）
圧倒的と思った豪奢な鎧も、豊かな金髪も、如何程でも無かった。
今、少年を見据える碧眼の強さに比べれば。
只でさえ威容に溢れる体格が益々大きく、押し潰す様に迫ってくる。
後退りそうになる己を叱咤し、必死に踏み止まるロキソニン。
―――怯むな。目を逸らすな。間違った事なんか言ってない。
「あんたは…あんたは、闇の気配がわかるって言った！　だったら今どんだけそいつが溢れてるか分かる筈だ！　あんたが大陸制覇を宣言して、ロセンが陥ちて、それでそいつが減ったか！？」
―――間違ってない。怖れてなんかない。
「オレには、あんたが何考えてるか分からねーよ！　あんたが皇帝なら尚更、戦争の他にやるべき事がある筈だ！！　あんな化物を…あんなのを復活させてるゾフォルを、のさばらせててもいいのかよ！？」
「―――ならば、お前が」
雷鳴の様な声が、ロキソニンの体を打つ。
「…お前が、私に挑めばよい。私のやる事が気に入らぬというなら、お前は私に挑み、私を倒すとよい」
「…オレは…っ……」
ロキソニンは思わぬ言葉に絶句した。
（挑む、だって？　オレが？　ネメアさんに…？）
バロル帝を討ち、世界を救ったこの勇者に。紛れも無い王者に。
―――無理だ。力の差が有り過ぎる。倒せる訳がない。
二の句が告げぬと見て、ネメアは足を踏み出した。身を硬くするロキソニンに歩み寄り―――その傍をすり抜ける。
「だが、お前同様、私も信じる道を行くまでだ。…運命に抗う為に」
すれ違い様の言葉に、少年の脳が反応した頃には、皇帝の姿は墓地から消えていた。

（…運命？　何のだよ…？）
―――運命。抗うもの。自分を導いたというもの。世界を揺るがす何か―――。
頭の中で言葉が巡り出し、ロキソニンは咄嗟に目に付いた花束を掴む。
「知るかよ、そんなモン！！」
思い切り墓石に叩き付けようとして―――だが結局果たせず、そのままバサ、と元の場所に戻した。
「…クソ……」
見上げた空の青さにも、響き渡る鳥の声にも、先程までの緊張感は欠片も無く。
そう実感した途端、どっと汗が噴き出してきた。
へたりこみそうになる体を、どうにか二の足で支えるも、落胆は抑えきれず。
「……っ、かっちょ悪り……」
少年は項垂れ、落とした視線で敷石を撫でる。

弁解も、説明すらないネメアの言動。
それは子どもをあしらう大人の態度に似ている。「まだ知る必要が無い」と言いたげな。
実際そうかも知れない―――ロキソニンは自嘲する。挑めと言われて言葉も出せず、動く事すら出来なかった。そんな彼では、確かに力が足りないだろう。
（力、か……）
―――力を求めて旅立った。得た力は、大切なものを守る為の力だった。
だがそれを自分達に気付かせたのも、旅先で出会ったネメアだったのだ。
（あんたも、何か、守りたいものがあるのか…？）

「―――ロキソニン！」

明るい声で少年が振り向くと、エステルが駆けて来る所だった。
「探しちゃったよ、もう。こんなトコにいたなんて…」
「ああ…悪りィ」
ロキソニンは答えながら、目の前で息を切らす少女をふと見つめる。

―――自分の守りたいもの。
青い空。小鳥が囀る平穏な空。
…そして、笑い合える大切な仲間。

（…あれ？　何だ、それだけでいいんじゃん）

ロキソニンは自分の考えに瞬き、く、と吹き出す。
なに？とやはり瞬くエステルに首を振って、「ああそうだ」と言葉を継いだ。
「なあ、腹減っちまった。メシ食いに行かね？」
「え、え？　いいけど…うーん、二人っきりだと、何かデートみたいだね」
少年はその言葉に、酷く胸がくすぐったくなって、今度は相手と二人で吹き出した。

―――ほら、やっぱり。これだけで幸せになれる。

「行こうか」
「うん、行こう！」

少女の先に立って歩きながら、ロキソニンは胸の中で語り掛ける。
（なあ…あんたにも、守りたいのがあるのか？）
―――自分はこれだけだ。仲間と、青空が見える平和だけ。
しかし、それを守る為なら何処まででも強くなる覚悟を、彼は持っていた。
…だから、出来ればネメアとは敵対したくない。
何故ならあの獅子帝だって、彼の大事な“仲間”なのだから。

（いつか、あんたの考えを、すっかり理解出来る時が来るのかな…）

それまでは、運命に導かれようが、抗おうが、流されようが関係ない。
（オレも、オレが信じる様に歩くだけなんだ）
辿り着く先にきっと、今と同じ幸福があると信じて。

その幸福を、皆で掴む為に。

　

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諸々のお礼として「本好きの妖精」の管理人ぴくしぃ様から頂いた作品の一つです。
こちらはジルオールのゾフォル登場などの対ティラの娘戦を丁寧になぞりながら、
テラネ主ロキソニンの独自要素を混ぜていく
まさに二次創作の王道とも言うべき安定した作品に仕上がっています。
とりあえずロッキー燃え。（笑）

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