「―――おい、大変だぜ！！」

バン、と扉を蹴り破って飛び込んできたのは、暴れん坊と名高い少年ヴァン。
宿の主人が苦るのにも知らん顔だ。
「何だ！？　どうしたんだよヴァン！」
親友の只ならぬ様子に、久々のエンシャントで寛いでいたロキソニンが腰を浮かした。
その首根っこを引っ掴むなり、ヴァンは宿を飛び出そうとする。
「痛て、痛てててっ！　何すんだテメ、人を釣り上げた魚みてーに！」
「いーから鯉、じゃねえ、来い！　お前を名指しした依頼があんだよ！」
「だからテメーのダジャレは苦し過ぎ―――」
条件反射で剣の鞘を振り上げかけ、ロキソニンははた、と動きを止める。
「…オレを、名指しで？」
呆気に取られた少年の代わりに、やはりロビーで談笑していたナッジとエステルが、「ホント！？　凄い！」と歓声を上げて立ち上がった。
「この前のケリュネイアさんからの依頼といい、最近人気が鰻上りじゃない？」
「ウナギ上りでもうウナされちまうな！　ぷぷっ」
「………、ところでどういう依頼なの？」
ヴァンは何事も無かったかの様に「おお、そうだった」とぽんと手を叩き。
エステルを除く少年達の肩をがっしと掴んで、声を潜めた。
「どうも退治依頼っぽいんだけどな……依頼人がな、すっげえ美人なんだよ」
「うそ、マジ？　どん位」
「ちょ、ヴァン！　ロキソニン！」
ナッジが小声でたしなめるものの、少年達のトーンは着実に上がってゆく。
綺麗なオネエサンとお近付きになれるとあらば、何があっても嬉しいものだ。
「何つーか、こう…色っぽくてよ。依頼が済んだらどっかに誘ってもらえそうな…」
「おおっ？」
「『お礼に、もっと違う冒険を教えてあげる…』みたいな！」
「おおおっっ！？」
「―――何のハナシ？」
「あ、いや、その………」
何時の間にか背後に立っていたエステルの、幾分冷たい視線に晒されながら、それでも無意味に期待を膨らませてしまう少年達であった。





件の美女の依頼は、エンシャントの近くにある湖―――通称「乙女の鏡」に出没する化け物を倒して欲しい、というものであった。
「…なーんか、くせえんだよなあ……」
湖に向かう道すがら、ぼそりと呟くロキソニン。
それにエステルが、「えっ、どういうこと？」と聞き返す。
「だから、お気に入りの場所とやらに、急にデカい魔物が住み着いたって話だよ。どうも時期的にな…」
「―――闇の魔物、かも知れないんだね」
ナッジが後を引き継ぐと、その後ろからヴァンも、
「ティラの娘ってヤツだろ」
と割り込んできた。
「ま、心配すんなって！　このヴァン様がついてるじゃねーか」
「テメーが一番頼りねえんだよ、この病み上がり……でっ！」
自慢の軽業で、ロキソニンの後頭部にさりげなく踵を落とすと、ヴァンは鼻歌でも歌い出しそうな調子で続けた。
「それによ、またアイツが手伝ってくれンじゃねえ？　何つったっけ…ゼネテス？」
「あー…、かもな」
ロキソニンは立ち上がりながら、擦る頭の中に、懇意の腕利き冒険者を浮かべる。
「あのオッサン、女馴れしてそうだよな…なあ、後で女の口説き方とか聞いとこうぜ」
「いいな、それ！…っとと」
エステルの視線を感じ、慌てて口を塞ぐ少年二人。
その様子に溜息を吐いて、ナッジは親友達の盲点を指摘した。
「…別に、ゼネテスさんに会えるとは限らないじゃない。いつもどおり誰も居ないかも知れないし、第一、全然違う人が来るかも知れないんだから」

ナッジの予言は正しかった。
今回、助太刀に現れたのは、サイフォスという仮面の男だったのだ。
（よりによって、セラが居ねえ日に来なくてもよ…）
ロキソニンは頭を抱えた。―――これでは、次にセラを仲間に呼んだ時、どんなとばっちりを受けるか解らない。腕こそ確かだが短気な青年の、殺気だった姿が目に浮かぶ。
しかし、誰一人として聖属性の剣戟「ホーリーハート」を覚えていない今回のメンバーでは―――ナッジとエステルは「ホーリー」の魔法を使えるが、まだ大した威力ではないし、何より精神力を消耗する高度な魔法なので、あまり使わせたくなかった―――、サイフォスの持つ聖剣が非常に有り難かったのもまた事実。
巨鳥の姿をした「ティラの娘」を、見事一撃で倒してしまうのに、彼と初めてまみえたヴァン等は感心の色を隠せない様だ。
「過去を捨てた男、ってか？　くーっ、カッコいいなオイ！」
…ナッジから説明を受けて、余計な一言を加えたりもするが。
「ヴァン、人が感動してっ時にテメエ―――」
「うん、ミステリアスだよね」
へ、と今まさに親友に殴りかからんとするロキソニンは瞬いた。
振り向くと、その台詞を発した相手―――エステルは、祈りを捧げる男の背中を見つめ、ほう…と溜息を吐いている。

「危ない時に助けてくれて、しかも謎めいてるなんて、ちょっとドキドキしない？　ボクと同じ短剣使いっていうのも、共感しちゃうなあ」

ガシャ。ドサ。ボテ。
ナッジが槍を取り落とした。
ロキソニンは掴んでいた親友の胸倉を放した。
ヴァンは地面に落とされたにも関わらず、悲鳴一つ上げる事が出来なかった。

お姉さんだの何だのと騒いでも、本命は結局この少女だったりする三人組は、思わぬライバルの出現に絶句する他なかったのである。





「―――ミステリアスな男になるにはどうすればいいっすか！？」
単刀直入、寧ろ槍で一突きの勢いで詰め寄る少年に、ネメアは碧眼を瞬かせた。
ここはエンシャント外れの墓地。湖から帰還したロキソニンは、依頼主の女魔道士の魅惑的な微笑みも報酬すらも忘れて、街角で見掛けた皇帝の背中を追いかけ、墓地でようやく捕まえたのである。
「…？　質問の意図が掴めぬが…」
「だからっ！　何でネメア様はそんなにミステリアスなのかって聞いてるんっす！」
ロキソニンの知る限り、最も謎めいているのが、このネメアという男であった。
まず年齢不詳である。ついでに凄い事をしたのは解るが時系列が判然としない。何より、拒んでいた帝位にいきなり就いてしかも大陸制覇だなんて、その行動が謎過ぎる。
歩幅もデカいがスケールもデカい。まさに世界一謎な男だ。
ミステリアスの定義を履き違えている気もするが、ともかくロキソニンはそう確信していた。
「何をどうすりゃ、そんな男になれるンすか？　オレにはとても出来ないっす！！」
食い入る様な琥珀色の目を暫し見返し、次に空を見上げ―――。
ネメアは結論に達した。

「…つまりそれは、私のやり方に異議があるという事か？」
「意義ならあるっす！　それは分かってます！」

角度にして４５度。
ずれてます、と指摘出来るのは、しかしこの場では物言えぬイズの墓石のみだ。
イズは墓の下で、ちょっと少年に同情した。
死んだ女性にまで哀れまれるとは、流石ロキソニンである。
ともあれ、誤解に気付かぬネメアは一つ頷くと、「ならば私に挑むがよい」と言い置いて去って行った。
「…え？　え？　それだけ？」
置き去りにされたロキソニンも、やはり誤解に気付かぬまま「あーっくそ！　やっぱ謎の男だよ！」と妙な納得をして、地面に座り込んでしまった。

―――しかし、困った。
生まれてこの方、後ろ暗い事は何も無し、人生に一辺の悔いも残さぬ様生きてきたロキソニンである。謎なんて、掘り返したって有りはしない。
（何かありゃ、すぐ話しちまうから、神秘的には程遠いしな…）
その上、エステルの様な小刀よりも、破壊力の高い大ぶりの剣を使いたい性格だ。いっそ両手斧に持ち替えようか等と考えていた矢先、当に青天の霹靂だった。
（エステルって、あんな奴が好みだったのかな…？）
ちぇ、とロキソニンは青空を見上げる。
しかし予想に反して、目の前に広がったのは青空ではなく、少女の顔だった。

「！？」
「ロキソニン！　ここにいたんだね」

ロキソニンがぎょっと振り向くと、真後ろに立っていたエステルは、笑いながら布袋を押し付けてきた。
「ホラ、化け物退治の報酬！　ロキソニンたら受け取らずに出て行っちゃうんだもん」
「あ…あ、悪り。忘れてた」
「…ボクの武器を鍛えてくれるって約束も、忘れてないよね？」
くるん、と大きな瞳で覗き込まれ、少年は慌てて首を縦に振る。
「そう、良かった！　じゃあ早く行こうよ」
エステルがぐい、と手を引いてきた。
つられて立ち上がるも、ロキソニンは驚きが覚めやらぬまま。
「その後は食事に行こうか？　時間も丁度良いし。…へへっ、デートみたいだね」
無邪気な言葉に、心臓をどきりと跳ねさせる。

―――バカだなあ、ロキソニン。
あんな訳わかんない仮面の人より、キミの方が、ずっといいに決まってるじゃないか。
いつだってボクを助けてくれる、素敵な勇者さま。

（…そう思ってるだなんて、恥ずかしいから内緒だけど、ね）

まだ戸惑った表情のまま、転がるように後を追ってくる少年を見ながら。
エステルもまた、照れ笑いを漏らしたのだった。

　

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こちらは少年たちの勢いが素敵な作品。
ぴくしぃ様のテラネ主ロッキーと愉快な仲間たちはこの勢いがたまりません！
テラネ主とその幼馴染連中といえばおバカなノリがやっぱり似合いますよね。
あとそれに対してのエステルも良い味出してます。

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