剣聖たちが行く

「では、わしはここにおるからの。用が済んだら声をかけてくれ」
「うぃっす。…んじゃ行くか」
「この忙しいのに、どうして退治の仕事なんて引き受けて来るのさ」
「いいじゃねえかよ、ナッジ。日帰りで済むんだからよ」
唐突だが、そういうわけで俺たちは、モンスターをしばきにドワーフ王国の地下街道へ入った。

「ようし、北だろ、こっちから行こうぜ。地下街道だけにこっちが近いどう……ププ」
「…いい加減にしないと、お前から先にしばくぞ」
ヴァンのでかい声で駄洒落かまされると、洞窟の中だから響いて困る。
「それにしても、ゴードンはギルドの親父の泣き落としに弱いよなあ」
「ここは親父さんもドワーフだから、よよと泣かれると不気味さ倍増だよね」
「いやそれはともかくよ、少しは仕事選べよな」
「うるせえな。そんだけ売れっ子だってことだろ」
「いいように利用されてるとも言うんじゃないかな」
…人のよさそうな顔してひでえこと言うんだよ、ナッジは。まあ俺らは慣れてるけど。
「売れっ子と言えばまあ、確かにな。剣聖とか呼ばれるようにもなったし」
「それは言うんじゃねえ！　剣聖はひとりだけ！」
「………………」
そう、俺たちは実は３人じゃねえんだ。ただ４人目が超無口でな。
じゃ、すっかり忘れてたけど、この辺で自己紹介しとくか。俺はゴードン。冒険者だ。パーティ組んでるこいつらがヴァンとナッジ。両方とも昔っからのダチだぜ。テラネで馬鹿やってた仲間なんだが、いろいろあって今は一緒に旅をしてる。
で、ついこの間、俺たちのパーティに４人目が加わった。俺がすっげえ尊敬する人なんだ。
「………………」
うわー、夢じゃねえよ。ほんとに一緒に冒険してるよ、信じられねえ。あの「剣聖」とだぜ！

仕事にも慣れ、通り名なんてものもついたころ、ふらっとリベルダムの闘技場に足を向けた。その時、俺の目標はこの人だ、と確信したんだ。
あんなふうに強く、格好よくなりたい、と思うとトレーニングにも仕事にも熱が入ったな。あの人と戦えるくらいに強くなりたかった。ナッジは呆れてたけどよ。
それが、戦えただけじゃなくて、勝てたんだ。しかも、俺たちのパーティに加わってくれるって言われちまって…俺もう頭の中真っ白。今でも夢じゃねえかとたまに思うんだけど、あの晩スラムの酒場で派手にやらかした歓迎会の勘定に、いつも冷静なナッジが翌朝さすがに頭抱えてた、のは間違いのない事実だ。
というわけで、４人目がレーグさん。…呼び捨てになんてできねえよ。世間じゃ俺がチャンピオンで剣聖らしいけど、んなわけねえだろ。俺にとっちゃ「剣聖」はレーグさんだけだ。
色気がない？　ま、それは認めざるを得ないよな。でもよ、行く先々に可愛い女の子がいっぱいいるのに、なんでやたら態度のでかいエルフ女だの、頭のネジがどっか行っちまってる魔女っ娘だのと四六時中一緒にいなきゃならないんだ。だったら男４人で殺風景に旅する方がまだマシじゃねえ？
…唯一の問題と言えば、どうみてもレーグさんと俺たちじゃ貫禄ってもんが違い過ぎて、ギルドや酒場に行くとほとんどおつき３人、て扱いをされることだけどな。

そういう話してる場合じゃなかったっけ。
俺たちは薄暗い地下街道をさっさと奥へ進んでいった。入り口に近いところだとモンスターもあんまりいなくて、いちいち片づけなくてもかわせば何とかなる。早いとこ終わらせて、ドワーフ王国のうまい酒飲みたいもんな。…お見通しみたいな顔でこっち見てんじゃねえよナッジ。何だよその含み笑いは。
「………………」
で、レーグさんはと言うと、なぜか時々そのナッジに目をやっては、無言で首をかしげている。
知り合い…なわけねえよな。俺とナッジはガキの頃からずっと一緒だけど、レーグさんとの接点なんてなかった。あのど田舎のテラネで、そんなもんあるわけねえだろ。
「…あの、どうしたんすか、レーグさん」
俺は小声で尋ねてみた。レーグさんは黙ったまま、じろっと視線だけをこっちに向けた。
「あ、いや、あの、…ナッジがどうかしたのかな、と思って」
「…………思い出せない」
「え？」
レーグさんはそれきり、また黙った。ほんっと無口なんだ。そこが格好いいんだけどな。
「ゴードン、曲がり角に何か…３、４匹いるよ」
「お、ガーゴイルだな。とっ捕まえるんだったら、籠、いる？　…ププッ」
「モンスターよりヴァンを入れときたいけどね。ふたをして縄で縛って」
……俺はコメントしねえぞ。

奥へ行くにつれて、モンスターが増えてきやがった。ガーゴイルだのゴーレムだの、数匹なら手こずるってほどの相手じゃないが、数が多いとさすがにちっと面倒だ。
そうそう殺生がしたいわけじゃねえけど、多少は減らしとかないとな。いくらドワーフがみんなそれなりの戦士だっつったって、これじゃ道も使えねえだろ。てわけで、俺とレーグさんが二刀流の剣で近くの奴を斬っていく。ヴァンも時々ナックルで即死技を使う……って、ナッジ、お前何やってんだよこら。
「魔法を使う回数には限りがあるんだよ。この先にもっといたらどうするの。だいたい、まだ退治のターゲットに出くわしてないでしょ」
…くそっ。口じゃ勝てねえ。
あ、そういや何を退治するんだったっけ。あんまよく聞いてなかったような…。
「……む」
あれ、レーグさんどうしたんすか。奥の方なんか見つめちゃって…………げ。
「おい、ゴードン、ターゲットってもしかして、アレかよ」
俺も信じたくねえよ、ヴァン。
黒っぽいローブを着てフードすっぽりかぶったでかいのが、鎌持ってふわふわ浮いてる。それも３体。
で、さらに問題なのが、そいつらの周りを取り巻いてる、大量のモンスターどもだったりして。
こんなもんかき分けて、アレを退治しなきゃならんのか、俺ら……？
「自分で引き受けた仕事なんだから、自業自得だよね」
突っ込んでないで魔法唱えろよ、ナッジ！　間違ってねえから余計腹立つんだよ！

正直、逃げたくなってきた。山盛りモンスターを従えたデス３匹。シャレにならん。
駆け出しの頃、ギルドの親父に頼み込まれてうっかり新月の塔に登り、アクゥイラで全滅しかけた時のことを、俺は思い出していた。……って、しみじみしてる場合かよ！
逃げるのはともかく、いっぺん退いて態勢立て直した方がいいかな。
そんなこと考えてる俺をよそに、ひとり奴らの前に立ちはだかる、でっかい影。剛刃と閃刃、２振りの剣が、一番近くにいたモンスター２体をあっという間にまっぷたつにした。
レ、レーグさん……正面突破する気っすか？
「………………」
…そうだよな。ちょっとずつでも雑魚を減らさないと、動きもとれなくなっちまうもんな。わかりました、俺もやるっす！
「…何も言ってないのにわかるのかよお前」
うるせえな。ともに戦う男と男の以心伝心、とかそんなようなもん、あるだろ。
で、俺も剣を構えてはみたが。
洞窟の突き当たりになるここは、ちと天井が低い上にはっきり言って狭い。さっきまでより明らかに戦いにくいのだ。俺はまだしも、レーグさんはかなり動きづらそうにしてる。それでもいくらかは斬ったんだが……減らねえ。何だよこれ。
そして、左手のモンスターに攻撃かけたレーグさんが、岩壁にぶつかって体勢を崩した。その隙をついて、ガーゴイルが後ろのナッジに手を出しやがった。
奴は結構素早いから何とかよけて、俺がぶった切ったけど……呪文の詠唱が、途切れた。
──一瞬の沈黙の後、洞窟中にどわわわわ〜っと轟音が響いた。
奴ら、集団で俺たちめがけて襲ってきやがった！

やばい。やばすぎる。
何も考えず、俺たちはもと来た方へ駆け出した。引き時だけは間違えないのが俺たちのモットーだ…って、もうすでに間違ってる気はするが。
レーグさんだけが、連中に立ち向かおうとまだ残っている。でもあのままじゃ、いくらあの人でもまずい。とっさに俺は叫んだ。
「レーグさーん！　もうちょっと広いとこ行きましょう！」
我ながら上出来だったと思う。レーグさんも渋々ながら、一緒に走ってきた。
のはいいが。
走り続けた俺たちの前に見えたのは、なぜかはるか先の岩壁。なんで？　ていうか、俺もしかして道、間違えた…………？
しかも、決して足の遅い方じゃない俺たち４人が全力疾走してるのに、後ろから追っかけてくる奴らの気配が、どんどん近づいてくる。くそっ、飛ぶんじゃねえよ！　反則だろうが！
「自分の、方向音痴を、棚に上げて、モンスターに、反則とか、言ったってねえ…」
だかましいわっ。だいたい、息上がってる癖に冷静につっこむなよ、ナッジ。
つか、その……うわわっ。なんかでっかい爪が、背中越しににゅっと突き出てやがる！
「だああああっっ！　ストーンデヴィルがすっ飛んでいる〜！」

ぴしっ。
背後が突然、異様に静かになった。

「デスの魔法は効くんです〜！」

ぱきーん。
ヴァンの叫び声が地下街道の隅々まで響き渡ると同時に、そんな妙に澄んだ音が後ろで聞こえた、ような気がした。
立ち止まっていた俺たちが、なんかやな予感をひしひしと感じながら、そっと振り向くと。
そこにあったのは、様々なモンスターの形をした、氷の群像だった。
…ちょっと待て。なんだそりゃ。

「…で、なんでいきなり後ろにこんなもんが出現すんだよ」
俺が茫然とつぶやいたとしても、無理はないだろう。
いや、魔法でもかました結果だってんなら、別にどうってこたあない。俺たち誰も覚えがないからこそ、それはなかなか衝撃的な眺めだった。
ヴァンはきょとんとしてるし、ナッジも珍しく放心した顔で、像のひとつを拳でこんこんと叩いたりしてる。しばし俺たちは、突如できあがった氷のオブジェを前にして、無言でぼーっと立ち尽くしていた。
そんな中、レーグさんはまったく動じる様子もなく、何だかひんやりした空気が流れてくる群像の方に寄っていき、その前で何か考え込んでいるようだった。そして数十秒後、低いつぶやきが聞こえた。
「…………土属性か」
はい？
確かにここをうろついてるモンスターは、ほとんどが土の精霊の影響を受けてる連中だが…あれ。土は水に弱い、んじゃなかったっけ。鍛冶屋の親父が言ってたぞ。
つうとまさか、あの大量のモンスターが一瞬でこの氷の彫刻に？
で、こいつらを凍らせたのは……………いやまさか。でも、他にあるか？
俺たちはレーグさんを食い入るように見つめながら、おそるおそる口を開いた。
「…てえと、その…」
「背筋も凍るヴァンの駄洒落で、本当にモンスターが凍っちゃったんですか…？」
「しかも属性の相性で、余計に効いちまった、とか」
３対の視線が集中する先で、レーグさんは重々しくうなずいた。

そのレーグさんが、ふと視線を上に向けると、双剣を数度、物凄い速さで振り回した。呆然としたままの俺たちの背後で、ばさばさばさと何かが落ちる音がした。振り向けば、それは３体のデスが６つになった姿だった。
「デスは凍っていなかった。止まっていただけだ」
「魔法を使うほど知能があるだけに、あまりのくだらなさに呆れてた、ってことですか」
簡潔なレーグさんの説明に、ナッジがあんまりな返事をする。
「何だよナッジ！　俺の高等なギャグセンスが世のため人のためにもなるってことだろうが！」
「それはあくまで結果論だよね。街中でやったらどうなるの」
「お前の魔力の節約にもなったんだし、少しぐらい感謝してくれてもいいじゃねえか！」
「もちろんとっても感謝してるよ、ヴァン。あんまりありがたくて、これからモンスター退治は全部任せちゃおうかと思ってるくらい」
「なにをおおお！」
さっき間違えた分かれ道を曲がり直し、来る時かわしてきたモンスターの氷漬けが点在する中を街道の入り口へ改めて向かいながら、俺は前を行く親友ふたりのしょうもない会話を聞いていた。まあ、退治依頼は達成できたわけだし、これでいいのかなあ。
「…思い出した」
その俺の横で、レーグさんが唐突にぼそっと言った。
「何をすか、レーグさん」
「オルファウスだ」
彼の視線をたどっていってみると、そこにはやわらかい笑顔で容赦なくヴァンにつっこみまくっているナッジがいた。
もしかして、さっきからレーグさんがナッジを見て妙に考え込んでいたのって…。
「……似てるんすか」
小声で俺が言うと、ちょっと首を横に振って、訂正した。
「思い出させる」
そういやこの人、あの腹黒そうな賢者様と、パーティ組んでたことがあるんだっけ…。

なんかもう疲れた。酒は今度でいいや、さっさと宿屋帰って寝よ。
そう思いつつ、ようやく入り口近くまでたどり着いた時、俺は妙なものを見つけた。いや、妙っつうか、変に見慣れたものっていうか。
モンスターとはちょっと形の違う、俺の胸くらいの高さのずんぐりした氷の像が、ぽつんと立っている。
さっきのヴァンの凄まじい大声を、俺は思い出していた。あんだけでかけりゃ、この辺まで聞こえちまったに違いない。てことはこれ、もしかして……。
「やべぇ、案内人さん解凍しないと帰れねえじゃねえかよ！」
ドワーフって、地の精霊の末裔だったんだよな…。
──今度ドワーフ王国に来るまでに、パーティ編成考え直した方がいいかなあ、俺。