ＳＥＡＳＯＮＳ

　今日が楽しいと、明日も楽しいと思える。
　そんな風に繰り返していく毎日が、愛しい。
　そう君にも思ってもらいたいから、俺は頑張るんだ。


「・・・けっこう遠いな。アルノートゥンって。」
　ラファエルはぶつぶつ言いながら、険しい道を歩いていく。
　しかし、わざわざアルノートゥンまで行くのにはちゃんと訳があるのだ。
「昔読んだ本では、確かこの向こうだったんだけど・・・。」
　エメラルドの瞳を遥か向こうに向け、そう呟いた。


「それにしても、この道の悪さはどうにかならないのかな。」
　ラファエルは石を蹴りながら、歩を進めていた。
　そして、そのうち橋もないような川が目の前に現れる。
「まじ・・・？」
　轟々と唸りをあげながら、川の水は流れていた。
　溜息をついた後、川の中に点在している石に目をやる。

　あれだけ足場あれば、なんとか向こうに渡るのも可能か。

　そう思い、川岸から一番近い石に飛び移ろうとした。


「金目のものを置いて行け。」
　聞こえてきた声に後ろを振り返ると、お約束のように盗賊達が屯していた。
「聞こえなかったのか？」
「・・・聞こえてるよ。」
　ラファエルはうんざりしながらも応戦することに決め、剣を抜いた。
　しかし川岸は足場が悪く、相手はそれを利用して上手く攻めてくる。
「早く渡さないと、この顔に傷が付くぜ？？」
　自分は彼等の攻撃を当たる寸前で交わし、的確に反撃をしていった。
　そしてそんな自分に対し、盗賊達は焦りの色を見せ始めてくる。
「こいつ、なかなかやるぜ？？」
「なぁに、所詮駆け出しの冒険者だ。すぐへばる。」

　力はあまりなくとも、剣技には多少の自信がある。

　自分は襲いかかってくる盗賊達の剣の雨を易々と受け止めた。
　そして、それらを力を込めて押し返す。
「まだまだだね。」
　剣を押し返した瞬間に懐に飛び込んで、剣を一閃させた。
　そして鳥のように跳躍し、盗賊を肩から胴にかけて斜めに剣で斬る。
「ぐえっ。」
　足場の悪さを動きでカバーしながら、なんとか盗賊達に反撃を繰り出していった。
　そして相手は、足場の悪さに慣れていない自分の動きに呆気に取られている。
　それが分かった時点で、自分の勝利だった。
「遅いよ。」
　そう言いながら、呆気に取られる者達を次々と倒していった。
　そしてなんとか全員を倒し終え、溜息をつく。
「ふぅ、やれやれ。」
　自分は愛剣を鞘に納め、肩に担ぎ直した。
　そして点在する石をひょいひょいと飛び越え、向こう岸に渡ろうとするのだった。


　ラファエルは川を渡っていたが、背後からの気配に気づく。
「しつこいなぁ・・・。」
　先程の盗賊の一人が自分の後をしつこく付けて来たのだ。
　もっと徹底的にやっつけておくべきだと、後悔しても既に遅い。
「へへへ、追いついたぞ〜。」
　舌打ちをしながら、身をかわした。
　しかし、石の上では体のバランスがとり辛かった。
　そしてそれが命取りとなり、自分は濁流に身を放り出される。
「うっ・・。」
　自分がこの流れの中では助からないと思ったのだろう、盗賊は川の中までは追ってこなかった。


「はぁはぁ・・ぜいぜい。」
　ラファエルは、ようやく川の向こう岸まで辿り着いた。
　川の中で息もせずに泳ぐのはさすがに疲れたが、盗賊達を撒くためだった。
　しかし、そうは言ってもかなりきつかった。
「とんだ冒険だな。」
　そして溜息をつきながら、陸へと上がるのだった。


　ラファエルは盗賊達を用心しながら、歩を進めた。
「ぅ・・疲れる。けど、盗賊達はごめんだ。」
　時折、神経の集中が途切れそうになるが、それを必死で堪える。
　あの盗賊の様子では、まだ自分を諦めていないだろう。そう、一瞬でも気を抜けばまた来るに違いない。
「ああ、もうっ！！アルノートゥンは盗賊が多過ぎる！！」
　道端の小石を蹴りながら、ぶつぶつと文句をたれていた。


「・・・ここかな？」
　ラファエルは、終に目当てのものがありそうな湖を見つけた。
　見つめる湖面は陽に輝き、虹色に光っている。
　そして、その光景こそが自分の目的地だと指し示していた。
「でも湖の中ってことは、泳ぐしかないな。」
　溜息をついた後、剣を置いて湖の中に飛び込んだ。


　湖面の中に光る虹色の結晶は、水の中で一際燦然と輝いていた。
　そしてその鉱物の形は花のようで、とても美しい。

　―水中に咲く虹の花―

　ラファエルは捜し求めていた虹色の結晶の異名を思い出し、その光景に納得をした。
「”システィーナの恵み”、か。」
　魔道王国として栄えたアルノートゥンには、これと同様に色々な鉱物があった。
　しかし、それらの中でこのアイテムを選んだのには訳がある。
「大切な者を思う気持ちの結晶・・。」
　システィーナが恋人を想う気持ちの結晶。
　それをなぜあの少女にあげたくなったのかは分からないが、
　それでも彼女に渡さないといけない気がするのだ。

　毎日を大切に思ってもらいたい。

　それを考えた末、この結晶のことが思い当たったのだ。
「さっさと陸へ上がろう。」
　そう呟いた後、袋に結晶を手当たり次第に詰め、それを懐へ仕舞いこんだ。

　これを見たら彼女はなんと言うだろうか。

　それを楽しみにしながら、湖の中から陸へと向かうのだった。


　ラファエルは陸に上がり、さっさと帰ろうとした。
　しかし・・。
「こんなところにいやがったか。」
　数日前と同じ盗賊達が、自分の周りを取り囲んでいた。
　どうやら、湖畔に置いていた両手用の愛剣が目印になってしまっていたらしい。
「その袋が輝いているってことは、”システィーナの恵み”を手に入れたらしいな・・・。
　それはいい金になる。渡してもらおうか。」
「お断りです！！」
「なら、力ずくで奪ってやろう。」
　じりじりと寄ってくる輩達に舌打ちをした後、剣を取ろうとした。
　しかし、当然のことながら輩達は剣を自分に取らせまいと襲いかかってくる。
「お前みたいな線の細い男には、こんな剣なんざ似合わねえんだよ！！」
「・・・。」
　剣を振るっているのは、その魔術の才を隠すためだけなのだ。
　そして、剣を持たない肉弾戦など当然のことながら、得意ではない。

　剣を持たないと、反撃できない。

　改めて自分が力ではなく剣技に頼っていたかがわかり、力をもっと鍛えなかったことを後悔し始める。
「・・銀の髪の人間なんて、滅多にいねえ。どうせなら、お前もどこか遠くに売り飛ばしてやる。」
　盗賊の下卑た笑いと台詞は、自分の過去を嫌でも思い出させた。
　自分は珍しい髪だからという理由で、実の親に売り飛ばされそうになった。
　そして、そのときに耳にした母親の笑い声。

　―珍しい銀の髪なら、高く買い取ってくれるわ。―

　あの時父の良き友人であったアイリーンの両親達が引き取ってくれなかったら、
　自分は今どうなっていたか考えたくもない。
「言いたいことは、それだけ？？」
　自分を思うままに殴っていた盗賊達は、笑い声をあげながら答える。
「それはこっちの台詞だな。それだけずたぼろの体で何ができるっていうんだ？？
　大人しくしてたら、命だけは助けてやるぜ？」
「冗談きついよ。」
「上等だ、殺してからそのお宝を頂いてやる。」
　盗賊達は剣を持たない自分など楽勝と思っているらしく、徐々に攻撃の手を緩め始めていた。

　剣にばかり頼ってたら、いつまでたっても変われない。

　そう思い、拳で盗賊の剣を受け止める。
「なにっ・・・。」
　自分は驚いた盗賊の鳩尾に拳をいれ、足蹴りをした。
　そしてその盗賊を大木まで吹き飛ばす。
「なっ・・・んだと。」
　他の輩達は、思い切り力を入れたそれに呆気に取られていた。
　しかし、思い直したように自分に襲いかかってくる。
「手加減なしだから。」
　一人に拳を振るいながら、他方からの攻撃をもう片方の腕で防御する。
　または足を使って蹴りを入れながら、自身への攻撃を拳で受け止める。
　それらを織り交ぜて下っ端の盗賊達の相手をできたのは、相手が油断していたからであった。
　しかし、盗賊の中でも強い輩は油断などはしていなかった。
　そう、その強い輩は自分の体術での戦闘の不慣れを見抜いていた。
「ふん、どうせ苦し紛れの力だ。」
　そう言い捨てた盗賊は、自分に体当たりをしてきた。
　当然、湖面を背にしている自分はそこへ吹き飛ばされる。
　そして、押さえつけられたまま水中に沈んでいくのだった。


「うっ・・ごぼっ。」
　ラファエルは自分を羽交い絞めにしている盗賊の力を緩めようと、必死にもがく。
　しかし、相手がそうそう引き下がるわけはない。力を緩めはせずに、しっかりと自分を捕らえている。
「ごぼごぼ・・・ごぼっ・・。」
　度重なる戦闘と神経の集中から、自分の体力も神経も限界に近くなっていた。
　そのため、徐々に息苦しくなってきて、眩暈までしてくる。

　まずい・・俺このまま死ぬのか？

　そう思った途端、虹色の結晶が目に入ってきた。
　そして、それと同時に結晶を渡そうと思っていた少女のことが脳裏を掠め始める。

　このまま死んだら、またアトレイアは孤独に陥る。それだけはだめだ。

「・・・ぐっ。」
　力を振り絞り、片腕の拘束を振り解いた。そしてその腕で肘鉄を食らわす。
「うぐっ・・・。」
　相手がよろけた隙をついて、するすると拘束から抜け出した。そして相手を蹴り、水中深くへ沈める。
　自分はこの深さでは相手はまず助からないと思い、振り返らずに陸へと向かうのだった。


「お、お頭がやられた・・・。」
「・・あ、相手が悪いぜ・・。こいつは強い。」
「ひ、退くぞっっ！！」
　ラファエルは自分を見るなり逃げる盗賊達の一人を捕まえ、詰問をする。
「ねえ。」
「は、はいっ。」
「この結晶が欲しいのなら、なんで自分達で取ってこないの？」
　盗賊は自分の方を不思議そうに見つめた。
　そして、自分が本当に知らないことが分かったのか、説明をし始める。
「湖の中では、この結晶は見えないんだ。」
「はっ・・？」
「要するに、湖自体が強大な加護でこの結晶を覆っているのさ。
　だから、この結晶が陸上に上がらない限り、悪しき者はこれを目にすることはできねえ。」
　自分はそれを聞き、納得をした。

　それで湖から出てきたところを狙ったのか。

　置いていた剣が湖の中に入ったことを表していたため、彼らは自分を待ち構えていたのだ。
　・・・結晶を手にしていてもいなくても、
　どちらにしても冒険者である自分から金目のものを奪おうとしていたのだろうが。
「用がそれだけなら、手を放せ！！」
「あ、うん。」
　自分は色々説明してくれた盗賊を見送った後、自分の剣を肩に担ぎ直した。


　剣を担いだ後、ラファエルは少し考え込んだ。

　加護が持っている人物に及ぶかどうかは分からないけど、それでも少しは効果があるかもしれない。

「・・この結晶を護っている水だから、加護があるだろうな。」
　そして自分は湖のほとりで腰を屈め、瓶を取り出す。
「この結晶を持つことになるアトレイアにも、加護がありますように・・。」
　願いを呟きながら、瓶に水を汲んだ。そして袋の中の結晶をその瓶に入れ直す。
「さて、今度こそ帰ろうかな。」
　水に散々濡れ、溝鼠のような格好をしているのも気にせずに、自分はロストールへ歩み始めるのだった。


　数日後、ロストール王宮。
「アトレイア。」
　バリトンの声が、不意にアトレイアの部屋に響き渡った。
　そしてアトレイアは期待に胸を膨らませながら、振り向く。
「ラフィー様、ようこそおいでくださいました。」
　輝く銀色の髪に、エメラルドの瞳の青年。
　本当に風のような彼は、ごくごく自然にその場に立っていた。
「いいものがあるんだ。」
　瓶に詰められた結晶と、それを護るように覆っている水。
　それらは光を帯びて、無数の輝きを放っていた。

　綺麗な結晶・・。

　自分はぼんやりとそれらに見惚れながら、ラファエルに質問をする。
「これは？？」
「”システィーナの恵み”っていうんだ。アトレイアにあげる。」
「えっ・・・、いただけません！！」
　確かに綺麗なものだとは思ったが、まさかくれるとは思っていなかったのだ。

　こんな光に満ちたものなど、私には似合わないのです。

　とことんネガティブな自分に溜息をついていると、それが分かっているのか目の前の彼は頭を撫でてくる。
「俺がアトレイアにあげたいと思って、取ってきたものなんだ。」
「でも・・・。」
「綺麗だって思ったのなら、もらってほしいな。」
　澱みなどない澄んだ瞳に、涼やかな声を持つ青年。
　そんな彼の真摯な様を見ると、どうしてもそれ以上拒絶することは躊躇われてしまった。

　それに、これ以上拒絶したら嫌われるかもしれない。

　そんな考えが頭を占め始め、自分は震える声で彼に答える。
「・・・有難くいただきます。」
　そう答えた自分を、にこにことしながら彼は見つめてきた。
「よかった。」
　虹色の結晶は無数の光を放ちながら、薔薇のように美しく瓶の中に咲き誇っていた。
　しかし、自分はその”システィーナの恵み”よりも、彼の笑顔の方が綺麗なものに思えるのだった。
　

　限りある日々の中、不幸せな時間も、幸せな時間もある。
　だから・・俺は君に色んなものを見せたい。
　俺と過ごす時間が幸せなのならば、それを少しでもいいものにしたいんだ。
　それが君の為にできることだから。



＜あとがき＞
　記念すべき１００００ヒットをゲットされた１８様に捧げます。

　リクエストはラファエルの冒険活劇でした。でも、これが冒険活劇・・になっているんでしょうか。
　すいません、これが冷月の精一杯なのです。お許しくださいませ！！
　”システィーナの恵み”というアイテムは、もちろんオリジナルです。
　普通のアイテムよりも、こういう特別なアイテムを探し求める方が面白みがあると思ったので。
　この話の時期は、出会ってから少し経った後です。だから、二人の間も甘さ控えめになっています。
　ちなみにタイトルは浜崎あゆみの曲からです。歌詞がしっくりきたので使いました。

　１８様、記念すべき１００００ヒットゲット、おめでとうございます。
　創作の完成が遅くなって申し訳ありませんでした。
　リクエストに沿ってできたかどうかは微妙ですが、これをお納め下さい。
　これからも『夢幻囚人』をよろしくお願いしますｍ（＿＿）ｍ

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『夢幻囚人』管理人　冷月


『夢幻囚人』管理人である冷月様に頂いた作品。
テーマは冒険活劇という事でお願いいたしました。
王城のある大都市発主人公ラファエル対盗賊のハンデ戦という燃える展開が素適です。
(それにしてもラファエル君、出自が不幸だ…)
冒険活劇という中にも冷月節とも言うべき独特の統一感があります。
「ＳＥＡＳＯＮＳ」でも水中水辺が舞台ですし、サイトイメージもあるのでしょうが、
冷月様の文章には紺など青系のイメージを常に感じます。
自分はこのような透明感がある文章は書けないのでとても羨ましいですね。

オリジナルアイテム”システィーナの恵み”は闇中花に対し、
さしずめ水中虹花と言った所でしょうか。その繊細な映像の感性が光ります。
本当にありがとうございました。

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