竜を食む鳥
〜６．剣舞槍舞〜

　ダランベールは泥水の上を歩きカルラの横で止ると、
随分と演技がかった礼をした。
「カルラ、青竜軍にとって重き敵は是非剣聖に。」
「お願い、ちょちょいっとやっちゃって！ここはまかせたわよ。」
他の指揮をとるため去りゆくカルラの後姿を見ながらゼネテスは舌打ちした。
そして残ったダランベールとゼネテスが相対する。
「行かせて良いのかダランベール、俺の配下が左翼と右翼から狙っているぞ。
俺がここでお前さんを抑え込めば込むだけ、こちらはカルラを討ち易くなるって寸法だ。」
ゼネテスが勝ち誇った様にいった。
この場合兵力さえ整えばここで包囲を完了させ殲滅するべきであった。
しかしあえて一騎打ちに勝負を賭けなければいけないところに、ロストール軍の脆弱さがあった。
「あっそ、僕の仲間は強いよ。それにね…」
ダランベールは泥水の上を滑る様にゼネテスに向かい突進すると、左手で竜破を横に一閃させた。
ゼネテスは七竜剣を持つ両の手に力をこめ受けとめる。
両手剣と両手剣、巨大な鋼同士がぶつかり合い、鍔迫り合う。
「僕の仕事は最後尾でゼネテス・ファーロスを押さえ込むことだ！
勝負っ、ロストール最高の将星よ、お前を倒せばロストールを滅ぼしたに等しい！」
ゼネテスはダランベールの脇腹を蹴り上げ吹き飛ばす。
体勢を崩した所を渾身の力をこめて大上段から振り下ろした。
ダランベールは後ろに飛び間合いを作る。
獲物を取り逃がした七竜剣は大地をたたき泥水を吹き飛ばす。
二人が動く度バチャリバチャリと泥水が撥ね、耳障りな音楽を奏でる。
ダランベールは前に大きく踏みこむとゼネテスの足下を狙った。
しかしそれも水を巻き上げるに留まった。
ゼネテスが飛び上がり、飛び下りざまにダランベールの頭蓋を狙う。
竜破を盾の様に扱い七竜剣を遮る。
ダランベールの肩を踏み台に裏に回りこんだゼネテス。
着地際を狙い、ダランベールは肩口から縦に竜破を叩き落とす。
ゼネテスも七竜剣の振り向き様の一撃で迎え撃つ。
再び竜破と七竜剣が弾け合い、絡み合い、鍔迫り合う。
二人は文字通り鼻を突き合わす距離で、全身全霊を賭け火花を散らした。
遮るのは金属音を上げる二つの剣と叩きつける雨粒だけだった。
「ねぇゼネさん、取引しない？」
ボソリとダランベールが呼びかけた。
この距離では他の人間に聞かれる事なく話しが出来る。
「お前さんに再びそう呼んでもらえるとは思わなかったな。」
ゼネテスの表情が驚いた物に変る。
「寝返ってよ、ディンガルに。」
「今のところ就職先に困って無いのでね。」
ゼネテスはそっけなく答え、ダランベールは無視して続けた。
「エリス王妃って綺麗な人らしいね、見た事無いけど。」
「！」
ゼネテスの表情が歪む。
それを見るとダランベールの口ぶりが愉快そうな物に変る
「あげるよゼネさんに。」
「なんだと…。」
ゼネテスの顔が更に歪む。
「ビンゴ？ビンゴ？
王妃様もそろそろ幸せになって良いと思うんだよね。」
「…。」
「徹底的に調べ上げればなんとなく想像はつくよ、ゼネさんが独身の理由。
婚約者のティアナ王女にも手を出して無い見たいだし。」
「……。」
ダランベールは言葉を続け、悪夢の様に甘い誘惑をする。
「王妃様にとっても悪い話しではないよね。」
「………。」
ダランベールは最後に言った。
「返事は如何？」
雨が再び激しく二人を打ちつけた。
その間も二つの剣の圧力は変らない。
会話中とは言え気を抜いた方が即座に殺される状況が続いていた。
相変らず叩きつける雨音、泥水の撥ねる音、剣が擦れ合う金属音が響き渡っていた。
ゼネテスが沈黙を破る。
「ダランベール、お前叔母貴の料理がイケるの知ってるか？
知るわけねぇか。意外だろ？
俺は叔母貴の料理を食った事何度かあるのだがな、上手いんだなこれが。
だがよ俺のために作ってくれた事は１度もねぇ。
つまりよ俺が食ったのは全部叔父貴やティアナの分ってことさ。
…俺の居場所はねぇんだよ、あそこにはな。」
何かを振り払う様にゼネテスが横に首を振った。
「…それは拒否か。」
「くどいぜ、ダランベール。それ以上ゼネテス・ファーロスを侮るな！！」
ゼネテスは七竜剣に力を込める。
「そう…。」
ダランベールはゆっくりと左手を右手に添え竜破を両手で握り締めた。
今の今まで彼は左手一本で体ほどもある大剣を振るっていたのである！
「懐柔が不可能ならばとっつぁんの仇、アイリーンに対する脅威でしかない。」
その瞬間両手からの爆発的な圧力を受けゼネテスの体が後方に吹き飛ぶ。
片膝を着き辛うじて体勢を立て直そうとするゼネテスに、
ダランベールが棒のような足による蹴りを見舞う。
顎を直撃した一撃によりゼネテスは再び後方に弾き飛ばされた。
大の字に倒れたゼネテスは呆然と上空の厚い雨雲を見つめた。
強大な剣を振り上げ飛びかかってくる男がその視界に入ってきた。
ゼネテスは我に返り横に転がり一撃を避ける。
再び両者が距離を取って向かい合った。
一瞬の攻防であったがゼネテスの膝が笑い、すぐには立ち上がる事が出来なかった。
ダランベールが剣を杖に片膝をつくゼネテスに言い放つ。
「ここから先は互いの命を賭けようかい。」

　一方右翼を指揮していたミルはさっさと包囲を諦め、
既にカルラに向かって突入を試みていた。
とにかく今のロストール軍では完全に包囲するだけの数がいないのだ。
力の有る将星に頼るしかない。
馬に乗り雨中を駆けミルは単騎カルラに肉薄した。
そんなミルの前にカルラを守らんとドワーフ戦士デルガドが立ちはだかった。
馬から打ち落とさんと飛び上がり戦斧を振り上げるデルガド。
しかしミルの背から飛び出した影に、逆に打ち落とされてしまった。
ミルはデルガドを抜きカルラに迫る。
「おのれ…。ここは戦場、子供とて容赦はせんぞ…」
デルガドは忌々しげに呟きその影に向かい戦斧を構えた。
影は小さく人間の子供の様であった。
しかしドワーフであり人間と比べて小柄であるデルガドより、
更に小さい子供が参戦するとは考え難かった。
考えられるのは人の子供のような姿をした種族リルビーであった。
その華やかな踊り子の衣装は既に雨水に汚れ本来の美しさを失っていた。
リルビーの少女は軽やかにそして悲しげに礼をした。
「ドワーフのおじいちゃんこんにちは。
ルルアンタね、本当はみんなと仲良くしたいのだけど…
ミルやアトレイアの為に仲良くできないの。ごめんなさい！」
「おじいちゃんではない。せめておじさんと呼ぶがよい。」
デルガドが少々ずれた所に訂正いれた。
ルルアンタも獲物の小刀を構える。
「ルルアンタ、行っきまぁす！」
ルルアンタが先に仕掛けた。
目にも止まらぬ速さでデルガドに近接、戦斧の迎撃を潜り脇をリり抜ける。
その瞬間デルガドの脇腹から血が噴出した。
「ほう、これはこれは。退屈せずにすみそうじゃな。」
デルガドは満足げに頷くと戦斧を構え直した。

　一方左翼でも同じくカルラを狙い進撃するチャカと、
守るフェティが移動する馬上で激しい戦いを繰り広げていた。
本来チャカはビアトリス・リューガと行動を共にするはずが、
ゼネテスの命令でここに配属されていた。
要は体の良い人質と言うことである。
チャカはフェティの存在など眼中にはなかった。
敬愛する姉ちゃんを超えるためにも、欲しいのは青竜将軍カルラの命であった。
寄り道をする余裕もつもりもまったくなかったのだ。
しかし存在を無視されたフェティは大憤慨。
「この高貴なエルフを無視するなんて許されなくってよ〜っ！」
と追い縋ったのである。
彼女が防衛戦にはあまり必要の無い馬を
「優雅で気品あふれるアタクシには馬上が似合うのよ、
粗野で下品な人間達や戦闘バカな種族にはわからなくってよ。」
と宣言して無理矢理乗馬していた事も幸いした。
もっともデルガド辺りに言わせれば「馬鹿は高い所が好きじゃからな。」である。
余りのしつこさに根負けしたチャカは「そこっ邪魔だぞ！」
とそのまま幼稚な罵詈雑言が飛び交う泥仕合に巻き込まれ、
カルラに向かいつつも、それ所では無くなってしまったのだった。
罵詈雑言が飛び交う泥仕合とは言え、大陸屈指の槍使い同士の激突は、
自ずと激しいものとなった。
チャカは相手を馬鹿にするのをやめ、大きく息を吸い込みびりびりとした気合を発した。
「はっ！」
チャカの槍がフェティの喉を狙う。
フェティは半身になってそれを避ける、そして避けたと思った。
その瞬間チャカの槍の穂先が消え、下からはねあがったのだ。
フェティはエルフの直感に任せ反射的に柄で弾く。
そのまま柄をチャカの脛に叩きつけ、間髪いれず氷の下位魔法を放った。
チャカは足の痛みに耐えながら、槍を回転させ向かってくる氷片を叩き落す。
悪路を走る馬の上で二人は槍を突き、薙ぎ払い、叩き降ろし、弾き返す。
いつしか二人の槍は風を切り裂きながら解け合っていった。

　カルラは再び近くに迫る剣戟音を聞きつつ、
自軍を的確に後退させて行った。
ロストール軍も徐々にその数の少なさを露呈し、
時間とともに圧力が減退して行ったことも幸いした。
そんなカルラであったが、
すぐ近くまで迫った異様な馬の足音に気が付いた。
ついにミルがカルラまで辿りついたのだ。
扱使われた軍馬は其処で倒れ絶命した。
ゆっくりとミルは大地に降り立つ青髪胴鎧の男の出現にカルラは眉をひそめた。
「密禎らしからぬ青色の魔鎧、その露出、その色彩、実に…実に不快だよ。
カルラ・コルキアと相対している事を実感する。」
ミルが胸元から大きく腕を振った。
白刃が煌き雨を切り裂いた。
カルラが辛うじてデスサイズで叩き落したものは、一本の小振りのナイフであった。
「投げナイフ…？」
チラリとカルラは己の巨大な獲物に目をやる。
風切り音がその威力を伝えていた、今の一撃で相当使える奴だと言う事が分る。
ゼネテス配下でこのような特殊技能を持っていそうな奴と言えば、
剣狼の牙と渾名される密禎「聡き流星」のミルであった。
冒険者として名の知られた強敵の出現にカルラは思わず舌打ちする。
再びミルが構え腕を振ると先程より多くの白刃が煌く。
カルラは再び捌くが、捌ききれず肩口に激痛が走った。
「くっはっ…！」
カルラはくの字に体を折り曲げ悶絶する、それでも必死に肩からナイフを引き抜くカルラ。
それを見たミルは愉悦の呟きをもらした。
「急所は避けたか…騒ぐなよ騒ぐなよ…。
魔法は嫌いなんだ、あの眩い光と爆音は俺たちには五月蝿過ぎるとも思うから。
密禎同士死ぬ時も静かにひっそりと逝こう、カルラ！」
ミルが三度ナイフを構えると、その手には更に増えたナイフが握られていた。