竜を食む鳥
〜８．雨中の死戦〜

　剣聖ダランベール・エルメスと剣狼ゼネテス・ファーロスの戦いに話しを戻す、
こちらは依然激しい一騎打ちが繰り広げられていた。
そしてそれを囲むの周囲の時間は凍り付いていた。
もちろんストップの魔法が掛けられたとか言う話しでは無い。
闘技場でも一度たりとも実現していないダランベールとゼネテスの戦い、
しかも互いの命や因縁、称号と意地を掛けたぶつかり合いなど二度と見れぬ。
兵士達が戦いを止め、視線を二人に集めるのはしょうがないと言えた。
二人の戦いの内容が周囲を凍りつかせた最たる原因であった。
この一騎討ちを目撃した或るロストール兵士は後にこう話した。
「王国屈指のゼネテス総司令がロストール生まれの剣聖に押されるだなんて…。」と
ダランベールが両手持ちになって以降、
ゼネテスも観衆もすべてが剣聖の戦い方に衝撃を受けていた。
当の本人は口元に酷薄そうな笑みを浮かべるだけであったが、
ありあまるパワーを全開にしたその闘法は圧倒的な破壊力をもって
ゼネテスに襲い掛かっていたのである。

「うぉぉぉぉぉっ！」
ゼネテスは一騎討ち中既に何度目かとなる気勢をあげた。
一気に間合いを詰めると横に飛んだとみせかけ、下から七竜剣を突き上げた。
しかしダランベールは竜破を盾のように扱い七竜剣を防ぐ。
激しい金属音と共に衝撃でダランベールの足が大地を滑る。
裂帛の気合ともにゼネテスが竜巻のような乱撃を浴びせ襲い掛かった。
近くにいるものありとあらゆるものを破壊せずにはいられないような剣であった。
だがそれらは全ていとも簡単に弾き落とされる。
また反射神経だけで捌いてやがる。ありえねぇ…。
剣聖とは化け物か！あれほどの男を何故むざむざ帝国にくれてやったのだ！
ディンガル側、ロストール側共に戦慄が走る。
ゼネテスが忌々しげに再び間合いを取った。
無手勝流を自認するゼネテスであったがその剣は努力の賜物であった。
しかし目の前の男は文字通り才能だけで戦っていた。
もちろんロストールの町道場で剣を習っていたはずであったが、
敢えてダランベールはそれを無視し単純にゼネテスの攻撃に合わせて剣を振るっていた。
ダランベールは益々露骨に冷たい笑みを浮かべた。
「流石にやるね。でもレーグには劣るかな？」
レーグというのは過去剣聖とまで呼ばれた男であった。
格闘種族ボルダンに生まれ、その中でも最強無比を誇る二刀流の生きる伝説。
かっては獅子帝ネメアとともに魔王を倒したとも、当のネメアと引き分けたとも言われていた。
そのレーグとダランベールは戦い、死闘の末勝った。
そして剣聖の名を奪ったのだ。
風の噂ではそれ以来二人は定期的に死を賭した戦いを繰り広げているらしい。
「…中毒者め。」
たまに居るのだ。
ぎりぎりの命のやり取りに嵌ってしまう馬鹿が。
馬鹿者同士の戦いはさぞかし楽しいモノであろうとゼネテスは思った。
「心技体すべてにおいて極限まで鍛えぬかれてる、あんたを倒せる奴なんてそうはいないと思う。」
そしてダランベールは誇らしげに胸を張り、誇らしげに宣言した。
「でも、僕は戦女神に祝福された人間、負けない！必ず勝つ！」
そして腰を落とし竜破を深く構える。
今までは待ちに徹していたダランベールが攻勢に出たのだ。
速さと力が兼ね備わった必殺の撃が次々放たれて行く。
ゼネテスは堪らず竜破の間合いの外に逃げ出した。
鍔迫り合いから簡単にゼネテスの巨体を吹き飛ばすのだ。
そんな一撃をまともに受けると言うのは勇敢ではなく、無謀に属する行動であった。
それでもなんとなく軌道が読めるためなんとか避ける。
槍並の射程を誇る竜破である、七竜剣が届かない間合いから次々撃を繰り出される。
それゆえゼネテスはなんとか懐に飛び込まなければいけないのだが…
ダランベールが攻勢に転じてからまったく中に入り込めなかった。
何も出来ず外に逃げると言う動作を無為に繰り返す。
それもこれも全てダランベールの怪力のせいであった。
とっつぁんと慕った人物を巡り相容ず、
お互いの幸福な未来の為にも相容れない両者であるが、
ともに同じ系統の武器を持ちそっくりな戦闘スタイルを持っていた。
両者の武器両手剣は腕力に頼って振り回す為、
体力、敏捷性等の身体的に優れている事が重要であった。
身体能力においてゼネテスは圧倒的に劣っていた。
いや劣っていると言うよりも
ダランベールの身体能力が極端に優れていると言った方が適切であろう。
似た戦い方を実践する同士で身体能力に差があるのなら、
劣る方が不利なのは自明の理であった。
ゼネテスはダランベールに高い評価を下していたが、
戦闘中それを上方修正する事態に追い込まれた。
ふと、アンギルダンが惚れ込んだ才が見事に開花した事をゼネテスは嬉しく思った。
今思えばアンギルダンはダランベールの中に敬愛する勇者ネメアの姿を見ていたのかもしれない。
そう思わせるほどダランベールの才能には底知れない恐ろしさがあった。

　だがその恐怖や困難に屈せず、打開するのが奇跡の名将ゼネテスの真骨頂である。
困難を前に剣狼の頭は冴え渡り新たなファイトプランが創造されていく。
だが目の前の相手剣聖ダランベールは、考え事をしながら戦える程甘い相手ではなかった。
ゼネテスの集中が甘くなったと見るや、自ら間合いを詰めると渾身の力を込め竜破を叩き込んだのだ。
虚を突かれたゼネテスは思わず七竜剣で受けとめてしまった。
ぶつかる巨大な質量同士の衝撃に、鈍い痛みがゼネテスの腕を走る。
激突の結果七竜剣が竜破の圧力に堪え切れずゼネテスの体目掛けて振れのだ。
ゼネテスの肩口に竜破の撃を止めそこなった七竜剣が食い込んだ。
ロストールの陣営から上がる悲鳴、ディンガル陣営からは歓声。
胸、首筋にかけてから血が吹き出たが、幸い致命の一撃とまではならなかった。
七竜剣が振れた瞬間自ら後ろに飛んだからであった。
ゼネテスが吹き飛ばれた形で両者は再び間合いを取る。
「頚動脈までは切れてないな。」
ゼネテスは自分の首筋を摩り、そして指の骨がやられた事にも気が付いた。
まともに剣を振るえるのかすら怪しい、恐るべき剣聖の一撃に背に冷たいものが走った。
やはり正攻法で勝つのは不可能か…
剣狼はドロドロになった大地に目をやり再び七竜剣を構えた。
「構えた？まぁたまたぁ。」
ダランベールがくすくすくすと嘲笑する。
「もう受ける事も、振る事すらもできないクセに…」
両者が睨み合う。
観衆の中には緊張に耐えきれないものが出てくるほど、二人は生命を削り合う。
そんな中ゼネテスが剣を降ろした。
「ダランベール…恐らく次の一撃が、最期だ。」
ゼネテスは後ろに飛び一際は多く間合いを確保する。
「これを俺に使わせるたぁ、たいしたもんだぜ。」
腰を落とすと頭から首の位置で七竜剣を持ち切っ先をダランベールに向けた。
ゼネテスの構えとしては異彩というよりも異様ですらあった。
ごくりと観衆の全てが息を飲んだ。

　いま誰も見た事のない剣狼の秘剣が披露されようとしているのだ。
「剣聖っ、この剣見事受けきれるか勝負しないか？」
「窮鼠では僕に勝てない奇跡は起きない。
来なよ、ゼネテスの全てを受けとめ一瞬で終わらせてあげる。」
ダランベールは大きく足を開きどっしりと腰を据えた。
緊張はそのまま殺気にかわり、あっという間に飽和した。
戦場全てに聞こえるような気合と共にゼネテスが突っ込んだ。
「お前とはもう少し語り合ってみたかったぜ！」
ダランベールは大上段に竜破を振り上げ迎え撃った。
ディンガルの兵もロストールの兵もダランベールすらも、ゼネテスの剣を凝視した。
聞いた事も無いゼネテスが隠し持っていた秘剣とは何ぞや！
だがゼネテスの動きは予想を越えた。
七竜剣の間合いの外からダランベール目掛けて滑り込んだのだ。
「しまったぁぁぁぁ！」
剣聖は剣狼の意図を悟り絶叫した。
秘剣など持っていない。
高い実力を持つ己の剣技、曲者といわれる性格評、自身満万の演技、
全てを総動員してゼネテスは嘘をついた。
すべては接近戦に持ち込むだけの虚言だったのだ。
剣狼の接近を許すまじとばかり竜破を叩き落とすダランベール。
ゼネテスは大地を滑りつつ、振り下ろされた竜破を七竜剣で受けとめる。
ロストール兵達は奇跡を起こし続けてきた指揮官の死を覚悟した。
七竜剣の支えが腕二本だけならばゼネテスは死んでいただろう、
しかし支えは四本であった。
ゼネテスは下から両の足を両手に添えて一撃を防ぎきったのだ。
そのまま七竜剣ごと竜破を跳ね上げ飛び起きる。
「もらった！」
ゼネテスはダランベールの足を取りそのまま押し倒した、二人の体がビシャリと水を跳ねた。
観衆は訳もわからぬまま絶叫する。
あの場でハッタリだと！？なんて奴だ。
やった！いけっ！殺せっ！
剣聖ダランベールが負けるのか？
竜王様っ！われらがゼネさんに勝利を…
ゼネテスはダランベールに馬乗りになると、腰の短剣を抜き去り振り降ろした。
ダランベールは辛うじてゼネテスの腕をつかむ。
上半身の体重を全てのせた短剣とそれを下から防ぐ腕が激しく震えせめぎ合う。
徐々に短剣がダランベールに迫っていく。
「俺を侮ったなダランベール。すまないが…ロストールの命がかかってるんでね。」
これほどの極限にありながらダランベールは笑った。
「何様のつもりで国を語る！
貴族が僕等にくれた物と言えば恐怖と死と憎しみだけだ！
貴族にも冒険者にも成り切れ無い半端者なんかに殺されてたまるか！」
憎悪の篭った叫びと共に少しナイフが持ち上がる。
「遺言はそれだけか。悪いが、命をもらう。」
ゼネテスの全精力を乗せた短剣は再びダランベールに向かい進み始める。
短剣の切っ先がダランベールの肌を捉えた。
剣聖は暴れ、腕に力を込め、もがき叫んだ。
「アイリーンがっ、アイリーンが言ったんだ、僕は完璧だって！
僕は完璧だっ完璧な僕の命が奪われるだなんて…そんな事あっちゃいけないんだっ！」
ダランベールの絶叫と共に嫌な音が響き渡った。
ゼネテスにとっては先ほど獲物で竜破を受けた時と同じ様な音であった。
あっけに取られたように呆けた顔でゼネテスは短剣を持つ腕を見た。
剣聖の脅威的な握力の前に、普通では考えられない細さに握りつぶされていた。
「これは？馬鹿なっ…！」
苦痛に歪んだ悲鳴を上げ、体を海老ぞらせたゼネテスを横から拳が襲い掛かった。
体勢を崩したゼネテスを吹き飛ばすとダランベールが飛び起きた。
丸腰のダランベールを狙いゼネテスが短剣を切りかかった。
短剣に構わずダランベールはゼネテスに突っ込み顔面を片手で鷲掴む。
「ぼくはパーフェクトなんだっ！アイリーンがそう言ったんだ！！僕の事を！！！」
ゼネテスも必死に耐えるが、もはや脳の思い通りになる細胞は殆ど残っていなかった。
ダランベールは片手１本でゼネテスの後頭部を大地に叩きつけた。

「とっつぁん…。」
ダランベールは勝利で脱力した体に力を込め竜破の所まで歩み寄り手に取った。
ロストール兵は総司令を救う為動くべき場面であったが、壮絶な決着に皆呆然となり動けなかった。
その時青竜軍の頭上に撤退の太鼓が響き渡ったのだ。
ダランベールは横たわるゼネテスと竜破を見比べると、舌打ちを打ち宿敵に背を向けた。
「とどめは良いのか？
今の機会を逃したら次は無いぜ。」
ゼネテスが半身を置き上がらせるとダランベールの背に問うた。
「意識があったんだね。…軍律は絶対だから決着は次に機会に持ち越すよ。
でもアンギルダンを慕う誰かが必ずあんたを殺すよ。できれば僕が、ゼネテスを討つよ。」
ダランベールは駈け出し去って行った。
剣聖と入れ替わりにロストールの兵がゼネテスに集まってきた。
そしてゼネテスを起し地面に座らせた。
「俺は大丈夫だ。それより怪我人の治療を優先させろ。」
再び兵達が戦場に散った。
ゼネテスは再び大地にその巨体を大の字に横たえる。
「とっつぁんの時はまだまだひよっこだったのにねぇ、あの成長っぷりは反則だぜ。」
ゼネテスは含み笑いしつつ空を見た。
ダランベールに引っ繰り返され後頭部から叩き落され、
空が指の隙間から見えた時まだ雨は降っていた。
しかし長々と振っていた雨もようやく止み青い空が所々に顔を見せていた。
「ちくしょう、強くなりやがって…。
へへ…複雑な気分だな…悪い気はしねえよ、ダランベール。」