竜を食む鳥
〜１１．北進白虎軍〜

　ネメアの行方不明という不測の事態の中、
ディンガル帝国の各勢力も簡単に動けず、大陸の戦況は膠着するかと思われた。
しかし大陸西方で突如大きな動きがあった。
かねてから北西への進軍を計画、
神聖都市アルノートゥン攻略に向けて準備を進めていた白虎軍が動きだしたのである。
白虎将軍ジラーク率いる白虎軍が天空神ノトゥーン神殿総本山、
アルノートゥンに向けて出発したのだ。
神聖王国の流れをくむ最後の都市国家の支配権を巡り、大陸北西部は風雲急を告げた。

　その進軍途中、白虎将軍ジラークに１人のコーンス族の青年が、深夜に突然呼びだされた。
その青年の名をナッジと言った。
竜殺しリンネの仲間であり、共にジラークの目の前で、邪竜を葬り去った１人であった。
ナッジは深夜突然の呼び出しをいかぶりながら、白虎将軍の幕舎を訪ねた。
白虎将軍ジラークはナッジと同じくコーンス族の老人であった。
コーンス族というのは額に角がある人間と言って、殆ど間違いが無い種族である。
さらにナッジの祖父はジラークの師であった。
そんなこんなで、ジラークには目を掛けてもらっていたナッジであったが、
流石に深夜の呼び出しの理由は想像できなかった。
ジラークはナッジを幕舎に招きいれると、椅子と茶を勧めた。
そしてしばらく雑談などをしていたが、ジラークが何かを切り出そうとしているのは明白であった。
いくらなんでも雑談するために、呼び出した訳ではないことぐらいナッジにも簡単に想像できた。
ジラークは覚悟を決めるように大きく深呼吸すると言った。
「ナッジ君、今から話すことは非常に重要な話だ…君を信じて話そうと思う。他言は無用ぞ。」
ナッジは戸惑った。
「この話は君ではなくてはいけない…同族である、同じ辛酸を嘗めた者で無ければ…。
君は我らコーンス族が置かれた状況をどう思うかね？」
「えっ…でも？」
ナッジが少々警戒し言葉を選んだ様を見てジラークは頭を下げた。
「警戒させてしまった様だな。すまない。
まどろっこしいのはやめだ。事が事だけにな、率直に言うのが誠意という物だな。
単刀直入に言おう、私はコーンスの国を作りたいのだ。」
「！」
「ネメア様は立派な御方だった。
あの御方がコーンスの差別を禁止する、才能あるものを民族関係無く登用する、と言えば、
その言葉をまるで子供の様に純粋に信じられるほどに…。
ネメア様の一諾と、ネメア様の能力、人格に、私が寄せる事のできた絶対的な信頼は、
まさに信仰と呼ぶに相応しい物だった。」
ジラークは悲しげに目を伏せた。
「私の目にはネメア様のもと種族平等政策が行われる日がありありと浮かんでいた。だが…」
ジラークは椅子から立ちあがり、ナッジから顔を背けた。ジラークは泣いていた。
「だが、ネメア様は死んでしまわれた。すべては夢と消えたのだ…！
だが、我等が置かれた状況は改善したか？
否！
戦乱においての治安の悪化にともない、過酷な状況に追いこまれたと言って過言ではない！」
ジラークはナッジの方に振り向くと、大きな身振り手振りを交え顔を紅潮させ言った。
コーンス族の角は彼等の魔力の源であり命そのものであった。
万が一角を切られたりすればコーンスは死ぬのだ。
しかし、魔力の源である為、コーンスの角は魔導師たちに重宝されると言う現実がある。
需要があれば当然供給する者もいる。
コーンスの死者から切り落とすなどの生易しいものではない、コーンスを見つけ殺して奪うのだ。
街道で集落で、ダンジョンで様々な所でコーンス狩りは行われる。
女性のコーンスであった場合当然角を狩られるだけでは済まされない場合が圧倒的であった。
複数の男たちに嬲るだけ嬲られた挙句に角を切られ殺されるのだ。そう、オイフェの妹のように。
今まで身近な隣人や友人が恐ろしい殺人鬼になるなど日常茶飯事であった。
これに拍車をかけるのが、コーンスの角を不気味がり、怪物扱いする風潮であった。
怪物だから殺して良い。これは人間を角の生えた不気味な生物から守る自衛なのだ…。
そう言う論法である。
ナッジも冒険者として生きている間、ならず者のような冒険者たちに殺されかけているコーンスを幾度も救った。
自分自身がネメアに危ない所を救われたこともある。
そしてそれが氷山の一角でしかないことも十分に知っていた。
「私はもう堪えられぬ！これ以上同胞たちが、理不尽な死を強いられ無残な死を遂げつづけるのはもう沢山だ！
我等には平和に穏やかに命を脅かされずに生きることすらできんのだ。
希望を託すに値したネメア様がなくなった以上、自分たちで自分たちの平和を勝ち取るしかない！
そうであろう、違うか、ナッジ君っ。」
その、老人とは思えぬ程のびりびりとした気迫はナッジを完全に圧倒した。
「ですが、勝算は？勝算はあるのですか？
戦いを挑んで潰されてしまえば、これより悪くなることだって！
無謀な賭けを挑むなら、ここで将軍を止めざるを得ません！」
ナッジの声にも熱が篭った。コーンスであり、さらに孤児。
その二重苦により故郷テラネで自分に与えられた仕打ちがどんな物であったかを、
ナッジは身をもって知っている。
「勝てるっ！
私の社会的地位と知識、君の冒険者として培われた、個人的戦闘能力と竜殺しとしての名誉。
そして…。」
「そして…？」
聞き返すナッジに向けジラークはにやりと笑った。
「聖光石だ。
魔道王国ラドラスを滅ぼし、神聖王国アルレシアの繁栄を支えた魔法の石。
神聖都市の神官たちが封印し続けて来た禁忌の兵器！
聖光石の鉱山の聖光石を掘り出し、魔道兵器として利用すれば勝てる！
どんな敵であろうと、魔王であろうが、竜王であろうが、破壊神であろうが、必ず、勝てる！」
「……………」
「ナッジ君。頼むその大きな力を私にっ！コーンス族の未来の為に力を貸してくれっ！
非道を行う人間に義理立てし、滅びの時を待つか。
己の価値を理解し合える同士とともに、滅びの運命と戦うか。
答えは考えるまでもないだろう！？」
それでもナッジには一つの気がかりがあった。
今まで苦楽を共にしてきたリンネとヴァン、エステルたち仲間の事であった。
特にリンネとヴァンの二人は冒険者になる前からの親友で、特にリンネとは同じ孤児として助け合ってきた。
ヴァンにしても、根強い差別軽蔑を受けてきたナッジやリンネに対して訳隔てなく接し、
一緒に馬鹿をやってきた大切な兄弟のような存在であった。
それの二人にエステルを加えた四人は、さまざまな困難を乗り越え、
血より濃い友情と信頼で結ばれた仲間という誇りと自負があった。
その仲間を裏切る事は生半可な覚悟では出来なかった。
「いや…僕は、仲間を裏切れない…。どうすれば…僕は僕は…」
ナッジの頭の中に今までの人生や冒険の数々が浮かび消えてゆく。
冒険者ガルドランにやられたヴァンの仇を討ちたくてリンネと共に村を出た旅立ちの日、
攫われたエステルを追って死闘を繰り広げた空中都市、
ガルドランとの和解ヴァンの復帰、力の使い道についてネメアに諭されたこと、
到るところで襲われるコーンスたち。
それらは益々ナッジの頭を混乱させて行、ジラークはそれをみて一つの覚悟を実行に移す事を決めた。
プライドをかなぐり捨てたのだ。ジラークは一瞬顔を強張らせると言った。
「ナッジ君！この通りだ！！」
ジラークはがくりと地面に膝をつけ、さらに額を大地に擦りつけたのだ。
ナッジは目の前のコーンスが何をしているのか理解するのに数秒時間を要した後、驚愕した。
白虎将軍が下手をすると孫ほどにも年齢の離れた若者に土下座しているのだ。
「君と私が手を組めば、我等以上の求心力を持つコーンスは存在しない。
大陸の全コーンスの力を結集させる事も夢じゃない！
頼む、私と共にコーンスの未来の為に死んでくれ！！」
「将軍頭を上げて下さい！お願いします…。」
ナッジはうめいた。
「…断る。」
「止めて下さい！」
「断る！」
「止めて下さい！！」
「断る！！君が共に戦ってくれるまで、私は頭をあげるつもりはない！」
その瞬間ナッジの頭の中で忘れようと思い封印してきた言葉が次々甦った。
気味が悪い！コーンスなんて、さっさと、絶滅してしまえばいいんだ。
数が少ないから群をなすこともできないか？
なんでも戦闘用モンスターを作る材料になるコーンスの角が、たくさんいるらしいですぜ、アニキ。
リベルダムの武器商人の所に持ってけば相当の金になるって！
周りの人たちは僕を奇異の目で見て、さけてたよ。
自然とナッジの頭に今まで自分が耳にした言葉や、己の想いが明滅した。
目から涙がこぼれ、それを押さえる事は出来なかった。
ナッジは涙に構わず、ジラークに手を差し伸べた。
「将軍わかりました…。微力ながらお手伝いさせて頂きます。」
「おおっ！」
ジラークは満面の喜色を浮かべ立ちあがり、しっかりとナッジの手を握った。
「ありがとう！これで希望の光が見えてきた…希望に満ちた未来ヘの光がだ…。」
ナッジは頷いた。
「かくなる上は必ずや、勝ちましょう！
将軍にコーンスの明日を見せてもらいます。」
「まかせておきなさい、
まずはアルノートゥンを派手に落とし世界に我等の名を知らしめてやろうぞ！！」

進撃を続ける白虎軍を迎え撃つべくアルノートゥン側も主力を出撃させた。
そして４００年前大神官エシュトにより住民ごと疫病の魔法により、
滅ぼされた廃墟、死の町アハブに陣をひいた。
ジラークもそれに呼応しアハブに進軍、両軍は亡霊が溢れるダンジョンを挟んで対峙した。