竜を食む鳥
〜１８．リューガの叛刃〜

　その日王都ロストールは静かな闇に包まれていた。
それはいつもの夜と同じはずであった。
ダランベールは慣れた冷たいものを感じ目を覚ました。
嫌な予感を胸に片手剣ダバレールを改名した片手剣アイリーンと
緋炎の宝剣の２本の剣を取り部屋の外に出ると、オッシも時を同じくして廊下に現れた。
「先生。」
「お前も感じたか。この冷たい空気は…街中で感じたくなかった…」
「はい。残念ですが仕方がありません。戦いましょう。」
オッシは頷くとゴブゴブ団の三人をたたき起こし道場の外に飛び出した。
大通りに出るとますますその冷たい空気は強くなった。
「いったいなにゴブか？」
皆は城門に目を向けた。

その頃ロストールの兵が二人城壁の上を歩いていた。
「はぁーあ、暇だねぇ。」
「貴様たるんどるぞ。」
「へいへい。」
二人の兵隊は警備するため城壁を巡回していたのだ。
その一人が何気なく城壁の外に目をやるとその目に何かが動きがあるものが目に入った。
立ち止まりよくよく目を凝らしてみると、それは武装した人間の姿であった。
「どうした？」
もう一人も外に目をやる。
軍隊…か？
二人は城壁の下に広がる何かが人の海だと気付き顔を見合わせた。
その時城門から凄まじい轟音が響き渡った。
二人の城兵はちょうど城門の真上の地点まで駆け寄り城壁から体を乗り出した。
そこには巨大な木の幹を左右から乗馬した騎士が吊るし上げ、
馬のスピードに乗せ城門に叩き付けていたのだ。
「敵だ！」
「あれエリエナイ公の旗印だぞ！味方だろ！リューガ家は七竜家じゃないか！」
「知るかよ、城門こじ開けようとする奴が味方のはずねーだろ！」
城兵は城壁を駆け下りると王城に向け走り出した。

　城門が断末魔の悲鳴を上げ抉じ開けられた。
ダランベールらは物陰に隠れ第一陣をやり過す。
次々に雪崩込むリューガ家の私兵。
大通りをかけぬけ広場を通り貴族街に突っ込んでいく。
おそらく王城に殺到するつもりなのであろう。
その流れの真中に乗馬した一人の男が姿を現した。
鎧を着ておらず腰にはニ本の片手剣を装着していた。
紅の布地に金をあしらったゆったりとした服を着た長髪の青年であった。
彼を見た時もっとも印象的だったのはその表情であった。
まるで大理石の彫像のように美しく、表情から感情と言うものがあまり感じられない顔だった。
その独特の表情は間違い無く貴族の顔であった。
強い才気を感じるものの何処かで見た事のある顔立ちだとダランベールは思った。
五人が見守る中その馬上の男は、その手を丘の上から王都を見下ろす白亜の城に向けた。
「我がエリエナイの精鋭達よ、今こそおまえたちの力で貴族共和の世を実現するのだ！
そしてファーロスの専制からセルモノー陛下をお救い申し上げる！」
その男エリエナイ公レムオン・リューガはゆっくりと街の奥へ消えていった。
「エリエナイだと！」
レムオンが見えなくなったのを確認しつつオッシが小さく叫んだ。
「ロストールを初めて落としたのが、征服帝でもなく青い死神ですらなく、
身内中の身内であるはずのリューガ家とは。」
「ダランベール、俺は道場に戻り弟子をまとめてくる。
ゴブ達とお前で避難してくる人を助けてやってくれ。」
ダランベールとガント、オルナット、マルーンの三人が頷きあった。
レムオンが居なくなったあとリューガ家軍の動きがおかしくなりつつあった。
もはやリューガ家軍が強盗と化すの時間の問題と言えた。
「あっ火事ゴブ！」
マルーンがダランベールの後方を指差した。
ダランベールが振り向くとスラムの方角から火の手が上がっていた。
三人のゴブリンが走り出そうとした所をダランベールが制する。
「なんで邪魔するゴブか？」
「僕たちの目的は平民街を守る事だ、スラムは範囲に含まれない。
厳しい言い方になるけど僕達にはスラムまで守る義理は有っても義務はない。」
ダランベールは更に言葉をつなごうとしたがやめた。
流石に言葉が過ぎると思ったのだ。
ゼネテスについた以上ファーロス家の徒党みなされるのは当然、
自分たちを守る力もないのに政治的対立に首を突っ込むからだ…と。
「…分かったゴブ。」
ダランベールは三人のゴブリン達の背を軽く叩き大通りに飛び出した。
ゴブリン達もそれに続き四人は戦いに身を投じた。

「あっ、あぁ！」
森を抜け遠目から姿を現した王都ロストールの姿に
ファーロスの密禎ミルは思わず悲鳴を上げ足を止めた。
疲労のあまりミルの体は限界に近づいていた。
体の関節が悲鳴を上げ、心臓ははちきれんばかりに膨れ上がる。
ミルは地面に倒れ付した。
王都の影は朱に染まり白亜の王城を赤く染め上げていた。
そして王城でキラキラと光るものは剣刃ややじりの光であった。
既に戦いは始まっている。
ミルの脳内を嫌な予感が走り抜けていく。
ミルは微苦笑するとゆっくりと体を持ち上げた。
昔の情景が浮かぶ。
「問題はありません、か。アトレイアに約束したもんな。
必ずや吉報をお届致しますって。へヘへヘへ…口約束なんてするもんじゃないなぁ。」
ミルは自らの頬を叩き気を入れなおすと再び王都目指して駆け出した。
王都の門付近で先に行かせていたルルアンタと合流し、王都の中の情報を聞いた。
ルルアンタの話しの限りでは王城の陥落は時間の問題である様だった。
当然であろう。
数少ない私兵はゼネテスと共に出征しており王都及び王城は裳抜けの殻同然であったからだ。
それでも大通りではリューガ兵の乱暴に対し平民街の自警団が頑強に抵抗し、
激しい市街地戦が繰り広げられていた。
「行こう。まだ間に合う。」
「うん！」
二人は城門に滑り込み家屋の陰から、剣の柄を踏み台に屋根へ跳び上がった。
ミルの剣アプクラサスには少々面白い趣向があり、簡単に縄を結び付けられる様になっていた。
屋根にのぼったあと引き上げられる様に、という工夫であった。
二人は次々屋根を飛び越え王城に向かった。

　大通りでは平民街の自警団とリューガ軍の死闘が繰り広げられていた。
王都平民街には緊急避難を指示する半鐘がけたたましく鳴り響き、
多くの建物に火が放たれ燃え上っていた。
自警団は狭い路地にバリケードを築き道を阻んでいく。
個々の経験に勝る敵に自警団は良く訓練された組織プレイで立ち向かう。
しかしそれでも自警団の不利は否めるものでは無かった。
もとより守るよりも攻める方が楽な上、
リューガ軍は後先を考えずに、奪い尽くし、焼き尽くし、殺し尽くすつもりであったからだ。
自警団には消火活動という重大な任務もあったので、
どうしても自警団や平民達の被害は大きくなりがちであった。
その中で剣聖ダランベールとゴブゴブ団の活躍は出色であった。
略奪暴行を働こうとするリューガ兵に容赦無い制裁を与え、
さらに自警団の防備が脆い地点をフォローして回っていった。

　ダランベールが怒りの形相とともに一人の兵隊に宝剣を振り下ろした。
一瞬の間と共に兜が割れ、剣が折れ、腕が落ち、体が縦に両断される。
「兜割りゴブ！凄いゴブ！」
崩れる兵を見ながらマルーンが嘆息した。
「でもさっきから美味しいところ全部持ってかれてるゴブ。
ゴブゴブ団としては由々しき問題ゴブ。」
ガントが地団駄を踏んで居ると大通りに面する建物から女性の悲鳴が漏れた。
ゴブゴブ団が急行するとそこは城門近くの酒場であった。
「動くなゴブ！」
酒場に飛び込むと兵士の一団がおり一人は女性の胴に馬乗りになっていた。
酒場に現れたのがゴブリン、しかも人語を解するゴブリンとあって、
兵士達も面食らった様であった。
「その女性から離れるゴブ、さもないと…」
「さもないとどうするんだって？」
ゴブゴブ団と兵士達が武器を構えてむかいあう。
先に動いたのはゴブゴブ団であった。
「必！」「殺！」「技！」
次の瞬間兵士はゴブリン三匹の同時攻撃をくらい息絶えていた。
まずマルーンが兵士の一人に飛び掛り、ナイフで攻撃する。
その陰を利用して巨漢オルナットも同じ兵士に襲いかかり、重いメイスの一撃を浴びせる。
最後はリーダー・ガントがオルナットを踏み台に空中から襲い首筋にナイフ一閃。
これぞゴブゴブ団の必殺コンビネーションであった。
「見たゴブか！逃げるのなら今のう…」
が、ガントが兵士達に演説ぶろうとした時、一陣の影が走り兵士の首は全てすっ飛んでいた。
ダランベールであった。
ダランベールは倒れていた女性に手を貸し立ち上がらせると、
案の定と言うべきかそれはウエイトレスのフェルムであった。
フェルムはダランベールの胸に飛び込むとすすり泣き始めた。
「もう大丈夫だから泣かないで。」
腕や頭に少し傷を負っているようであったが大きな外傷はなかった様であった。
しかし服は中々酷い有様で特に胸の当りはやスカートの部分は
力任せに破られ彼女の白い柔肌があちこちから露出していた。
ダランベールは自分の上着をフェルムに渡す。
「また美味しい所もってかれたゴブね、親分。」
「オルナットうっさいゴブ。」
「でも間に合って良かったゴブ。」
少し落ち着いたフェルムの話によると、マスターや客などが怪我をし、
動くに動けなかった所に奴等がやってきたらしい。
確かに店の奥に大きな怪我した男達がごろごろ転がっていた。
四人は一度怪我人を運ぶためにオッシ道場に戻る事にした。
フェルムが何か思い出した様に怪我人を抱えて酒場から出ようとした
ゴブ達に駆けよりその頭にキスをした。
「団長、はずかしいゴブ〜。」
「聖杯よ！幸せのきっかけを感謝ゴブ！
我らは幸せになったゴブ！」
「親分大分混乱してるゴブね。」

　一方その頃オッシ道場には強い緊張が走っていたことを彼らまだ気付いていなかった。
再び軍団の指揮を取るために戻ってきたエリエナイ公レムオン・リューガと
自警団を指揮するオッシが険悪な雰囲気の中対峙していたのだ。