竜を食む鳥
〜１９．王都市街地戦〜

　ロストールの王城の一室で王妃エリスは兵の報告を受けていた。
それは最早支えきれないので城を脱出して欲しいと言うものであった。
エリスは兵を退出させると手を叩いた。
両の脇に密禎のヴァイライラとヴィアリアリが姿を現した。
「まずは陛下とアトレイアの安全を確保してほしい。私は最後で良い。」
密禎姉妹は抗議の声を上げたが、聞く耳を持つエリスではなかった。
渋々と両者は姿を消した。
エリスは窓際へ歩いていくと窓を大きく開いた。
「………………。」
眼下では轟々と音を立て王都が燃え上がっていた。
特にスラムの当りでの火の勢いは凄まじく全てを焼き尽くさんばかりであった。
平民街では火の回りが速い建築物の周辺の建物を、
破壊することで飛び火を防ごうとしているようであった。
逆に貴族街では殆ど火の手は上がっていない、それはロストール王国の過去現在の縮図でもあった。

　ダランベール達がオッシ道場に戻ると自警団とリューガ軍が睨み合っていた。
一度は兵を率いて王城まで進んだレムオンであったが、
王城に立て籠もる兵の抵抗が思いのほか弱かったことに加え、
レムオンの統制からはずれた後陣の兵たちを再び粛清するために再び下がってきたのである。
そしてそこで平民街の自警団と小競り合いを起こしたのだ。
オッシが柄に手をかけているためその後ろに控える自警団の面々も獲物に手をかけている。
片やレムオンは武器に手をかけている訳ではなかったが、
護衛の兵たちは殺気立ち武器を構えていた。
まさに一瞬触発の状態であった。
いかに一騎当千の力を持つダランベールといえどこの状況には手を出しかねた。
下手に出て行くとそれが引き金となり乱戦になるとも限らなかった。
特にレムオンにはなにやら不気味な力の発露を感じた。
かなり出来ることはわかる、そしてさらに何か隠している…そんな印象であった。
「でっ結局あんたはこの惨事に対し何も感じちゃいねぇってのか？」
「貴族共和の大義の前に多少の犠牲は不可避だ。無用の犠牲を出した事に関しては詫びる。」
「ふん、貴族は礼のれの字も知らんらしいな。馬から下りろ、レムオン・リューガ！」
「何故俺たち貴族が地を這うお前たちに礼を尽くさなければならないのだ？
それこそ俺の沽券にかかわる。」
「貴様っ！」
オッシは堪らず抜刀するも弟子達が数人掛りでオッシを止める。
レムオンはそれを馬上から冷ややかに見つめていた。
「ふん。それなりの覚悟はできているのだろうな？ 
今回の責任を被り、お前たち自警団には処刑されたことになってもらう。」
リューガ軍が抜刀し武器を構え、自警団も武器を構え迎撃の姿勢をとった。

　その刹那ダランベールが裂帛の気合とともに手近の柱に斬撃を浴びせたのだ。
凄まじい音が響き家屋が崩れ落ちた。
皆あまりの想像を超えた事態に呆然とするなか、ダランベールたちは悠然と兵たちの間を渡り、
自警団に怪我人たちを預けるとオッシの前に立ち、レムオンと対峙した。
「ダランベール…」
「先生この程度の無礼なら許してあげませんか？
リューガ家と言えばタルテュバと同系。
そのような者に常識を期待する方が無理難題と言うもの。そうだろうみんな？」
その強烈な皮肉に自警団から一瞬の間の後、爆笑の渦が起こる。
レムオンは挑発にのらず冷たい表情を崩さない。
そして両者は睨み合う。
どれくらい時間がたったであろうか…兵がレムオンに駆け寄り耳打ちした。
「王城が落ちました。」と。
レムオンは兵に指示を出し自らも馬脚を返した。
彼は突如両腰の剣を抜くと馬上から腰をひねり一撃を放ったのである。
金属音が響き渡った。
ダランベールはレムオンの剣を防ぎ、レムオンはダランベールの剣を防いでいた。
四本の剣が交錯し互いに剣が頬を霞め合う。
「ふん。」
レムオンは頬から流れる血を甲で拭うと踵を返し部下とともに平民街から去っていった。

　レムオンが去ると多くのリューガ兵も平民街から姿を消した、
これからロストール王国の実質的支配者となるであろうレムオンに
刃向かう姿勢を明確化してしまったと言う不安は有る物の、
とりあえず平民街の戦いは一段落した。
オッシ道場は避難した平民でごった返していた。
道場は狭くなかったがとても間に合わず道場の前の道に人が溢れ返った。
死者はそれほどでもなかったが怪我人は多く、
自警団だけではなく動けるものは全て介護にまわる有様であった。
そして家財を奪われたり焼かれた物は多く、本当の問題はこれからであった。
事後処理に追われるオッシ道場に一人の青年が飛び込んできた。
青年は背から血を流し息を切らしながら懇願した。
「頼む！スラムを助けてくれ…」
その直後倒れ伏し息絶えた。
その行動に心打たれたオッシは平民街の戦いが一段落した事もあり、
ダランベールとガント、オルナット、マルーンをスラムに救援に向かわせた。
四人はスラムへ急いだその為広場を抜けスラムへ入っていく際
その後方から見つめる視線があることに彼等は気付かなかった。
それはミルよりも一足遅れで王都に到着したビアトリスの一行の目であった。
彼女等は高速で広場を掛け抜けながら剣聖たちの姿を認めたのである。
ビアトリスは燃え上がるスラムを見て一計を案じユーリス、チャカ、レルラ＝ロントンに語った。
「さっすがビアトリス、やる事がえげつないです。」
「姉ちゃん、まじで？」
「まさに必勝の策だね。剣聖と竜殺し…これは盛り上るよ！うん。
スラムは因縁の憎しみと敵意の炎に包まれるんだね、美味し過ぎるよ！」
「でしょう。フフフ。それじゃ先に行ってるわね。」
ビアトリスは座席の背もたれににゆっくりと深く体を預けた。
すると不思議な事にビアトリスの体は馬車の室内から消え失せてしまい、
彼女の体は路上の轍の上に降り立っていたのである。
ビアトリスは馬車から降り瞬く間に貴族街の奥に消えゆく馬車を見届けると
自らもスラム街に歩みを進めた。

　スラムでの戦いはすぐに決着した。
なんといっても火の回りが速く多くの兵達も逃亡を始めていた。
剣聖とゴブゴブ団の出現はその心理に致命的な一撃を加えたのである。
四人が辿り着いた時既にスラムは瓦解していた。
おのずと彼等のやるべき事は逃げ遅れたスラム民の救助という事になった。
ダランベールは瓦礫の山をひょいひょい持ち上げ、
ゴブゴブ団が平民街へ誘導する。
即興とは言えなかなか見事なコンビプレイであった。
一方ビアトリスはスラムの入り口で立ち止まっていた。
彼女はスラムの土地感が薄い。
そしてこの内乱でスラムの形は大きく変化していた。
どの辺りにダランベール達がいるのか見当をつけかねたのである。
その時ビアトリスは逃げ出してくる貧民達を見つけたのである。
ビアトリスはその貧民達に声をかけた。
「ねぇ、一人の男と三匹のゴブリンを知らないかしら？」
次の瞬間の片手剣ファルシオンが光り大地は血の海になった。
悲鳴を上げる間もない一瞬の事であった。
そして最後の一人となった男に質問する。
「貴方が一番物知りそう。よろしければ教えてもらえないかしら。」
男はガチガチと音を立てる顎を押さえ込み、振るえる手でスラムの一角を指した。
「ありがとう。」
どすり、と嫌な音が響き片手剣の刃が男の首を貫いた。
「体のキレが無いわ。私も強行軍で疲れているのね。」
ビアトリスは剣についた血を払い落としながら、指差された一角に向かった。

　一通り避難を済ませるとスラム街の入り口、
正確に言えば入り口であった地点に一人の女性が立って居る事に気がついた。
剣と盾を持った胸当てを装備する金髪の美しい剣士だった。
「ここは危ないゴブ。平民街のほうへ早く逃げるゴブ。」
「ありがとう。でもそちらの方にようがあるの。」
ゴブゴブ団の面々が興味津々にダランベールのほうを見た。
そこには女の顔を凝視し固まったダランベールがいた。
髪は逆立ち普段の優しげな表情は掻き消えていた。
「どうしたゴブ？」
「頼む、二人っきりにしてくれ…頼む。」
殺気だったダランベールに気圧されゴブリン達は引きさがざるを得なかった。
ゴブリンたちがいなくなるのを確認するとダランベールは武器を構えた。
「ビアトリス・リューガ！とっつあんの時以来だな。あの時は貴様のせいで僕はっ！」
「フフフ、責任を転嫁してはいけませんわ。私は役目を遂行しただけ…。
朱雀将軍救援のタイムリミットに間に合わなかったのは貴方の非力よ。
そして貴方の恋人を惨殺したのも私。」
ダランベールがするすると近づき獲物を振り落とした。
ビアトリスは全く反応しなかった。
当った。とダランベール思った瞬間ビアトリスの体が掻き消え、
己の後方に出現した。
ゆっくりと振り向くダランベール、その口元が嬉しそうに歪んだ。
「…殺してやるぞビアトリス。」
「どうぞ御自由に。裸で虎穴に飛び込む勇気があるならば、ね。」
ビアトリスも妖しい笑みを浮かべ武器を構えた。

　ロストールの王城で付近に隠れながらミルは辺りを見回した。
「しかし思ったよりも兵隊が多いな…」
「でもアトレイアは無事みたいだよ。兵隊さんは王様をねらってるみたい。」
「そうだろうな、セルモノー陛下の身柄を手に入れたら圧倒的に有利になるからな。」
「なんで？」
「自分が正しいというお墨付きをもらえるから。それはいいとして、さてどうするかな。」
するとほかの兵の死角に入っている兵を見つけた。
ミルはルルアンタと頷きあい、静かにその兵の背後に回りこみ口をふさいだ。
間髪をいれずミルは兵の首に睡魔の牙をつき立てる。
ぐったりとした兵を茂みに連れ込んだ。
鎧などもろもろを奪いそれを着込む。
そして自らの両手を兵の顔に押し付けた。
しばらく後兵の顔からその両手を剥し、自らの顔に押し付けた。
さらにしばらく押し付け続け離した時、ミルの顔はまったく別人になっていた。
というよりも倒れている兵の顔になっていたのだ。
そして喉に手をやり少し唸り声を発する。
すると声も全く違うモノになっていった。
「どう？」
「完璧だね、絶対にミルだとわからないよ。」
冒険者として名を売っているミルが、それでも密禎として活躍できる訳がこの技であった。
ミルの名や顔を知っていても、別の顔別の声になってしまっては見分けの付けようがなかった。
ミルは倒れている兵に目をやった。
するとルルアンタがふるふると首を横に振る。
「わかったよ。」
ミルは兵をぐるぐる縛り上げ猿轡をし、さらに睡魔の牙をたっぷりと使い寝かしてしまった。
そして二人は隙を見て銀竜の首飾りを使い城内に忍び込んだ。