竜を食む鳥
〜２２．ゼネテス・ファーロスの処刑〜

　深夜スラムに発生した巨大な竜巻、
スラムの火を巻上げ天を衝く火柱と化したそれは、
王都ロストールの内外から見る事が出来た。
平民街ではそれを見た自警団がスラムに残ったダランベールのことを心配したが、
あまりの巨大さに何もする事が出来なかった。
一方王女アトレイア・リューを庇護しつつ王都を脱出した
ファーロス家の密禎ミルも、その火柱を目にした。
心配そうに己の服の裾を掴むアトレイアの手を握り安心させる。
だがルルアンタ、アトレイア、ミルの中でもっとも不吉な物を感じたのはミルであった。
彼にはそれがファーロスの滅亡を告げる送り火に見えたのだ。
一方その火柱に肯定を見出した者もいる。
クーデターの首謀者レムオン・リューガであった。
「竜王が我々の勝利を祝している。」と彼は言った。
ファーロス家側の抵抗は明け方まで続いていたが、
二巨頭とも呼べるエリスとゼネテスがリューガ家の手に落ちた以上それは散発的な物であった。

　太陽が高く上る頃、前日とは全く違う姿となった王都がそこにあった。
スラムは全焼、そして平民街に関しても半分近くが焼き払われると言う大惨事であった。
特にスラムは文字通り焼け野原と化した。
その中を一人の女貴族が歩いていた。
スラム全焼に決定的な一撃を与えたビアトリス・リューガその人であった。
ビアトリスはダランベールとの死闘の中
愛剣ファルシオンをスラムの中に落としてしい、その探索で現れたのである。
死闘を繰り広げたあたりを目星をつけ探すと瓦礫の下からすぐに見つかった。
それは装飾こそ無残に焼け爛れていたものの主を呼ぶ様に光り輝いていた。
瓦礫の山の上に立ち刀身を太陽に掲げると、その刀身に一つの焼死体が写った。
瓦礫に半分埋まっていた黒炭のようになったそれはまだまだ小さい子供のものであった。
ビアトリスは珍しく秀麗な顔を歪めその子供の死体を瓦礫を払いのけ抱き上げる。
抱きしめるとボロボロと崩れ落ちるそれは、
スラムを襲った劫火の凄まじさをまざまざと見せつける。
ビアトリスは子供の死に弱い面があった。
昔両親を失っていらい弟のチャカと二人で暮らしてきた。
その記憶が足を引っ張るのだ。
子供を抱きしめつづけるビアトリスの脇腹を突如鋭い痛みが襲った。
彼女が飛びのき、己がいた場所を見ると、瓦礫の下から剣が伸びていた。
「お前が他人の死を気にするなど意外だなあ。
アイリーンが使っていたこの剣、これでお前に一太刀浴びせてやりたかった…」
脇腹を押さえながら瓦礫の下から這い上がる人物を見て、彼女は絶句する。
それは剣聖ダランベール・エルメスであった。
ビアトリスは必殺の罠に嵌めたはずの男の出現に少なからず動揺する。
ダランベールの体は至る所が焼け爛れ決して無事ではない。
特にその顔面は右半分が大きく爛れていた。
「この剣が…緋炎の宝剣が導いてくれた、仲間が…助けてくれた…」
確かに名工デルガドが自らの鍛冶師生命をかけて作り上げたと噂される
宝剣ならばそのようなこともあるかもしれないとビアトリスは思った。
そしてダランベールの体は土や泥が付着していた。
おそらく宝剣に導かれるまま炎の薄い所を逃げまわり、
最後は土の魔法かなにかで土中に身を隠したのであろう。
両者が向かい合い睨み合った。
動けなかった。
腹からどくどくと血を流し続けるビアトリス。
火傷のダメージの前に構えたまま身じろぎすらしないダランベール。
深刻なダメージを負った者同士動くに動けない。
しかしこのまま膠着が続けば共倒れになりかねない。
「やめましょう。」
ビアトリスは剣を降ろした。
「お互いここで果てるのは本意ではないでしょう。」
「僕は構わない、だが次善でしかない…」
ダランベールも剣を降ろした。
「次は決着をつけさしてもらうわ。」
その言葉を残してビアトリスが姿を消すと、
ダランベールも重い体を引き摺りオッシ道場にもどっていった。

　それからダランベールは包帯を体中に巻きつけ懇々と眠りについた。
目を覚ましたのは三日後であった。
ゴブゴブ団が体を揺り動かし起したである。
暫くまどろんでいたダランベールであったが、
「今日は広場でゼネテスとエリスの処刑があるゴブよ。」
その一言で一気に目を覚まし飛びおきた。
しかし体はついていかず寝台から転がり落ちてしまう。
どうにかゴブゴブ団の肩を借り立ち上がり部屋の外に出る。
道場は内外問わず所狭しと人・人・人であった。
それはそうである、家を失った平民は勿論灰燼と帰したスラムの民が集中しているのだから。
オッシがダランベールを見つけ声をかけた。
「よう、生き返ったみたいだな。」
「はい、なんとか。」
「それにしてもあの化物みたいな火柱の中から良く生きて帰ったもんだ。
俺も見に行ったがスラムの跡は地獄だったぞ。」
ダランベールはあたりを見まわした。
「凄い人ですね。」
「これでも少なくなったゴブ。皆広場に行ってるゴブ。」
脇からガントが言った。
「あぁ、まだ間に合うだろ。お前も行ったほうがいい。」
ダランベールは人垣を掻き分け大通りを広場に向け歩く。
まだクーデターの傷痕はなまなましい。
流石に死体などはある程度片付けられているが、
墓地が足らず埋葬出来ない死体は、筵をかけ隅に寝かしてあった。
そして道路に目をやると血の跡がしっかりと残り、建物には剣撃や魔法の痕も大きい。
まだ王都ロストールは初めて受けた侵略の傷から立ち直っていなかった。
ファーロス家の二巨頭ゼネテス・ファーロスと
エリス・リューの処刑が行われるのはそんな中であった。
なぜこれほど急いで処刑が行なわれるかと言うと、
ファーロス家の残存勢力による奪回を恐れたからである。
特にゼネテスは剣士としても卓越した技量の持ち主であり、
彼の逃亡を万が一にでも許すことは虎を野に放つ事と同じであった。
ダランベールとゴブゴブ団の三名は広場に向う。
ゆっくりと断頭台がその視界に入ってきた。

　一方リューガ邸の一室ではビアトリスが寝台の上で書類に目を通していた。
貫かれた傷を癒すために静養中であった。
その部屋のドアが叩かれ、ビアトリスが応えると、長い金髪を持った細面の男が立っていた。
リューガ家当主レムオン・リューガその人であった。
レムオンはビアトリスの部屋にはいると
まず正面の机に置かれた物体を見るとその端正な眉をひそめた。
「なんだそれは。」
そこにあったのは子供の生首であった。
「身元が不明の死体を買いとったんですよ。」
「貴様正気か？」
「えぇ、私はもっと子供の死に慣れなければいけません。」
ビアトリスは生首の髪の毛をいとおしそうに弄くる。
それは背徳的なまで残酷で妖艶な光景であった。
レムオンは我を取り戻す様に咳払いを一つすると本題を切りだした。
要はこれからの処刑に立ち会えと言うことであった。
ビアトリスはそれを断った。
傷があるので役に立てないと言ったのだ。
レムオンがドアの向こうに消えるとビアトリスは一人呟いた。
「死人を送る余裕は私にないの、やらなければいけないことはあまりに多いのだから。」

　厳しい警備の中広場ではなんとも言い難い雰囲気が広がっていた。
絶望的とでも言うべきか、それでも万が一の期待、あの人が殺されるはずないという楽観、
それらが入り混じった雰囲気であった。
二名の前にまずシドア侯の処刑が行なわれた。
シドア侯の顎は割られており、塞がれた口からは何も言葉を紡ぎ出すことは出来ない。
彼は憔悴し切った顔で只ひたすらリューガ邸を睨みつけていた。
罪状は内乱罪と言う事であったが、理由はなんでも良かったのである、
貧民を中心に人気が有るゼネテス捕縛に関わった人間を公衆の面前で処刑し
不満を多少なりとも逸らす、それだけが目的の処刑であった。
そしてゆっくりとゼネテスとエリスが姿を現した。
彼らの罪状は王国を私物化した罪であった。
姦通罪などが適用されなかったのはセルモノー王の体面の為であった。
甥と叔母は久し振りの面会を果たしたのた。
「よう叔母貴。久し振りだな。」
「お主もな。息災でなにより。」
「まぁこれから元気じゃなくなるけどな。」
ゼネテスがにやりと笑う。
ゆっくりと引きまわされはじめる。
「所で俺たち二人以外はどうなったんだ？」
「アトレイアはフリントの息子が保護したそうじゃ。」
「そうか。そういえばミルに今度飲もうって言っちまったんだよな。
わりぃけど果たせそうにねぇや。」
「……………飲むが良かろう、天国ででも何処ででも。
私がつまみでもつくってやろう。」
「そりゃあいい。あいつも喜ぶ。」
引きまわされながら喧騒の中二人は喋り続ける。
暫くすると足が止まった。
両者の進路にレムオンが立ちはだかったのだ。
「なにか言い残すことは？」
レムオンは二人に言った。
その表情は別段決定的勝利を喜ぶ風でもなければ、宿敵の死を悼む訳でもなく、
事務的に口を開いている、そのような印象であった。
「陛下には手を出さないで貰おう。後、ティアナを頼む。」
「わかった。ティアナのことはまかせてもらおう。
七竜家の誇りにかけて見つけてみせる。」
レムオンは頷きつつ答えた。
そしてゼネテスの方ヘ向き直った。
ゼネテスはレムオンに耳打ちするとレムオンは再び頷いた。
そして再び両者は歩き出しついに断頭台に到着する。
両者の体はうつ伏せにされ首を台に固定され、処刑人がそれぞれの後背に陣取った。
その時ゼネテスが口を開いた。
「なぁ叔母貴突然でわりぃけど、昔から好きだったんだわ。」
エリスは暫く答えなかったが、あきれたように言った。
「私の夫となるべき人は年上と決めておる、残念ながら興味はないな。」
「あと五年もすれば叔母貴好みの親爺になる自信があるんだがな。」
「問題外じゃな。そもそも許婚の母親を口説かないでもらおうか。」
「ちくしょう、つれねぇなぁ…玉砕かよ。」
処刑場に相応しくない二人の爽やかな笑い声が広がった。
レムオンはその笑いがおさまる頃を見計らい、
断頭台の側に設けられた櫓にいた人物に声をかけた。
それはロストール王セルモノー・リューその人であった。
やつれた疲れた表情を浮かべ妻と王国の重鎮を眺める視線には、
精気と言うものが感じられない。
「構いませんね？」
セルモノーは力なく頷いた。
レムオンは手を上げ、その手を振り下ろした。
「やれ。」
処刑人が斧が振り下ろされ二つの首が落ちた。
王国屈指の名門ファーロス家の最期であった。