竜を食む鳥
〜２３．北東凝視〜

　首が落ちた後の処刑場の空気は大きな悲しみに包まれ、
その非業の死に号泣するもの、怒るもの、立ち尽くし忘我するもの、
様々な形でゼネテスとエリスの死が悼まれた。
ダランベールはゴブゴブ団に支えられつつ道場に戻る。
なんとも言いがたい複雑なものであった。
恩人で仇、そして己も高い評価をする男があまりにあっさりと死んでしまったことに対する
喜び、悔しさ、悲しさがない交ぜになった感情であった。
道場の前までやってくると汚れているがセンスが良い人形を持った少女が立ち尽くしていた。
その格好からスラムの人間であると察せられた。
少女の暗い表情を見かねマルーンが駆け寄り声をかける。
「どうしたゴブ？どこか怪我したゴブか？」
少女は大きく首を横に振った。
「ねぇ、ゴブリンさん。ゼネさんしんじゃったの？」
それを聞いたマルーンは困ったようにガントを見る。
ガントとオルナットも答える術を持たなかった。
「親分どーするゴブか？」
「そんなこと聞かれてもわからないゴブ！」　
そんなゆっくりとダランベールが少女に近づきひざをついた。
「なんでそう思うんだい？」
「だってみんなないてるんだもの。」
「……………。
ゼネさんは凄く強いの知ってるだろ。僕もぜんぜん勝てなった。
そのゼネさんが簡単にやられると思うかい、大丈夫必ず帰ってくるよ。
遠い所にいっただけさ、そう海の向こうだ。ゼネさんにはここは狭すぎるからね。
ゼネさんは絶対に期待を裏切らない、生まれながらの英雄なんだよ。
だから大丈夫。泣いちゃいけない。ゼネさんが見たら心配するからね。」
その表情は暗いままであったが少女は小さく頷いた。
道場の中に駆けていった少女の背を見ながらダランベールはため息をついた。

　それからしばらくダランベールは養生していた。
ゼネテスの処刑以来、道場にいた人間も少しづつ減っていった。
家に帰るもの、再建を果たそうとするもの、流浪の民になるもの、選択はそれぞれであった。
ダランベールも大分回復を果たした頃、突然スラムの民の呼び出しを受けた。
場所は王都から少し離れた郊外の森であった。
そこにはスラムの人間が複数待ち受けていた。
その用件は「ゼネさんの首を奪い返す、その力を貸してほしい。」ということであった。
処刑されたゼネテスとエリスの首は未だ広場に晒されている。
彼らの目的はその首を奪うということであった。
「わるいけど先生に迷惑をかけるようなら断るよ。」
「大丈夫だ、おれたちは奪い返したら埋葬して、そのままロストールを出る。」
中心人物であろう青年は懐から袋を取り出し掲げた。
「あんたを雇うには足りないがおれたちが少しづつ出し合った金だ。うけとってくれ。」
少し考えたが結局ダランベールはその依頼を受けることにした。

　深夜ダランベールは青年を引きつれ、広場に身を潜めた。
闇は二人の覆い隠し、気配をさとらす事を防ぐ。
その闇の奥にぼぅと浮かび上がる二人の番兵、そして台座。
ゼネテスとエリスの首は広場中央の噴水の前に備え付けられた台座の上に晒されていた。
奇妙なことにゼネテスの首は固定され大通りとは違うあらぬ方向を向いている。
エリスの首は大通りに向け正面を向いているにもかかわらずである。
その脇に見張りが二人立っているのだ。
青年が物陰で声を上げる、それに気を取られた見張りはそちらの方ヘ動く。
隙を付きダランベールがするすると後背を取った。
軽やかな音と共にダランベールの手刀が二人に決まり、見張りは気絶して路上に転がる。
さっそく青年が台座に駆け寄り、ダランベールも続く。
「なんでゼネさんの首はこんなにされてるんだろう。辱め、にしては妙だ。」
ダランベールは晒されたゼネテスの首を初めて見た。
思わず出た感想がこれであった。
あらぬ方向へ固定された首は明らかに異様であった。
それをきいた青年はハッとした表情で固定された首を見つめた。
「そうか…ゼネさんは北東を見つめていたんだ。」
「北東？」
青年は顔を伏せ一人嗚咽した。
「北東のロセンに居るカルラを睨みつけているんだ…！
ずっとずっとディンガル帝国と戦い続けるつもりなんだ。
こんな無残な姿になっても、首だけになっても、
まだロストール王国を守る為に戦い続けるつもりなんだ！」
青年の嗚咽が静かに広場に響くなか、ダランベールは両者の首を回収した。
そして男泣きを続ける青年の肩を抱きながら広場を後にした。

　夜が明ける。
ゆっくりと地平から太陽が首を出したころ、多くの人間が埋葬地に集まっていた。
そこはロストールとノーブル間の街道から少し外れた、森の中であった。
そのあたりはまだ開発の波が届いておらず鬱そうとした森が広がっていた。
簡素な二つの墓標に皆思い思いの品を手向ける。
人形、花、携帯食、手作りの品物。本当に様々なものが手向けられていた。
ダランベール自身も小さいながら酒樽を用意し墓標の横に置いた。
このスラム出身者のグループのリーダー、つまりダランベールとともに
首を奪った青年が言うには、これからノーブル経由でリベルダムへ向かうとのことであった。
なぜならリベルダムでは今難民に対して手厚い援助がおこなれており、
無一文の貧乏人でも三食の暖かい飯が食えると噂が広がっていたからだ。
そしてそれはどうやら本当のことのようであった。
ダランベールは青年に袋を投げ渡す。
依然渡された報酬の入った袋、以前よりふくらみを増していた。
青年の抗議に対しダランベールは言った。
「あの依頼その程度の報酬じゃ安すぎるよ。
一生かかってもきっちり利子付けて払ってもらうから、今のたれ死されちゃ困る。」
青年は一礼すると皆を引き連れ去っていった。

　スラムの民が去った後、ダランベールは一人墓の前にたたずんでいた。
そして樽の栓を開けると引っ繰り返し中身の酒をゼネテスの墓にかけていった。
栓が開く音、酒が樽から落ちていく音、酒が墓を叩く音、
全てが葬送の曲を奏でる。
「ゼネさんへ、僕からの餞別です、手にはいる限りもっとも良い酒です。
アンギルダンのとっつあんと飲んで。きっととっつあんも喜ぶ。」
ダランベールとゼネテスの関係は
まだダランベールが売出し中の新米冒険者であった頃まで遡る。
その頃彼等パーティが請け負った仕事に強大な闇の魔物、
通称ティラの娘と呼ばれる怪物たちと偶然対決するものがあった。
その際目的を同じくする者として協力してきたのがゼネテスであった。
当時の力関係は圧倒的にゼネテスが勝り、
ダランベールにとっては一目もニ目も置く憧れの相手であった。
それ以来運命は両者を敵対させる。
ロストールとディンガルそれぞれの陣営に着き剣を交えることとなった。
ダランベールは結局ゼネテスに勝てなかった。
敬愛した朱雀将軍アンギルダンの副官として母国に挑んだ時はその上官を殺され敗北した。
一方殺したゼネテスもアンギルダンを尊敬する一人であったと言う事実はなんとも皮肉な物であった。
青竜将軍カルラのもとで攻略に参加した際は直接の一騎討ちの末痛み分ける。
両者の力関係は逆転していたがゼネテスの機転の前に止めをさしきることは出来なかった。
結局彼の策により恋人であったアイリーンを戦死に追い込まれるという痛恨の結末であった。
ゼネテスの前にダランベールは幾多の敗北感を味わい、
しかもその借りを返す前にゼネテスは逝ってしまった。
ダランベールと全く関係ない所で、関係ない男の手によって。
それがダランベールの無念であった。
「やっぱり勝ちっぱなしで逝くのは卑怯だよ、
結局とっつあんの関係者にも討たせてくれなかったし、ほとんど勝ち逃げじゃないか。」
振りかけていた酒が切れる。
ダランベールは樽を墓の前にそなえるとかわりに、
鞘から片手剣アイリーン抜くとそれをかざす
「でもあなたの仇は絶対に討つよ、この剣に誓って。」
ダランベールは墓に背を向けた。
「そこで見ていてよ、ゼネさん。」
そして意味ありげに笑い、表の街道に向け歩き出した。
街道に出ると光が真上から突き刺し、それに緑が映える。
ふとスラムの民が向ったと思われるリベルダムの方ヘ顔を向けた。
「解放軍か…」
カルラの攻撃によってロセン解放軍は壊滅した、はずであった。
その解放軍が求心力を持ち再興しはじめている事実が
ダランベールにはなんとも奇異に映った。
クリュセイス・クロイスの潜在能力や人的魅力を、温室育ちのお嬢様として、
過小評価していたかもしれないとダランベールは思った。
難民たちの多くを食わせていければそれは強烈な求心力となる。
民を飢えさせない、それはある意味絶対の正義であった。
だが彼は徐々に復興しているとはいえ、
リベルダムにそれを支えるだけの経済力があるとは思っていなかった。
その意味では解放軍という存在は青竜軍にとって
まだまだ取るにたらない存在である事もまた事実であった。

　翌日、オッシは城門まで彼を見送った。
オッシとゴブゴブ団が彼を見送った。
「きっと次で会う時は敵同士、だろうな。
だがここはお前が帰ってくるべき所だ、それだけは忘れるなよ。」
ダランベールはかすかに頷いた。
しかしその瞳には憂いが残る。
「まっお前の好きな様にやれば良いさ、そこから見えてくる事もあるだろ。」
そしてゴブゴブ団の頭を叩いた。
「こいつ等もいるし自警団はなんとかなるさ。」
「我々誇り高きゴブゴブ団に任せるゴブよ。」
再びダランベールは頷き王都を後にした。
目的地はロセン、やるべき事は多い。
彼にとっても戦いは始まったばかりであった。