竜を食む鳥
〜２４．逃亡者〜

　アトレイア王女を保護したミルとルルアンタは王都を抜け出すと、
ひたすらにドワーフ王国を目指した。
ドワーフ王国では落ち武者狩りは出来ない。
いや正確に言えば治安が良い為そのような行為は難しいのだ。
レムオンがアトレイアの命を狙うか？
と聞かれればミルはそれは良くわからないと答えざるを得ない。
ミルからみたレムオン・リューガはそこまであくどいことの出来る人間ではない。
良くも悪くも純然たる誇り高き貴族であった。
だが、そのそばに控える妹はどうであろうか…
レムオンの権力をよりいっそう強化する為にレムオンより高位の王位継承権を持つ、
アトレイアの命を狙うというのはいかにもありえそうなことであった。
しかしおそらく行方不明という処理をされているであろうアトレイアを探し出す余力が、
リューガ家にあるのかというのはまた微妙な問題であった。
以後のリューガ家の出方次第ではあるものの、
命の危険の可能性がある以上震源から出来る限り離れた方がいいに決まっているとの判断である。

　王都からドワーフ王国までの道のりは大変なものであった。
普通の冒険者や旅人も通る道ではあるものの、
旅慣れしていないアトレイアにとってはつらい道程であった。
さらにミルはゼネテスの捕縛以来ろくに休みを取っていなかった。
肉体的にも精神的にも疲労は限界を超えていた。
それを隠し明るくアトレイアに心配させまじと振舞う姿に、ルルアンタは心を痛めた。
結局通常四日の倍近い時間をかけ治安乱れる王国領内を慎重に踏破し、
彼らはドワーフ王国に到着した。
ドワーフ王国に到着すると宿の準備もそこそこにギルドへ足を運んだ。
「ミルか、久しぶりだな。」
ドワーフのギルドの親父に挨拶を返すとミルは親父に耳打ちした。
大きな仕事を頼みたい、といったのである。
驚いた親父は奥の部屋に三人を通してくれた。
そこで事情を話し、今親父の知る限りでドワーフ王国内の最も信用の置ける冒険者を、
紹介してもらうことにしたのだ。
親父は話の内容に目を回したがすぐに理解を示してくれた。
「要はその別嬪さんとお前らを帝都の方まで安全に護衛してくれる奴を呼べばいいんだろう。」
「はい、お願いします。」
「で、報酬はいくらぐらい出してくれんるんだい？」
「はい、一万ギアだすつもりです。」
「なっ、なに！？本気か？
滅茶苦茶じゃないか！うぅむ。」
少しためらった後にミルの口から出てきた金額に再び目を回した親父は、
腕組みをすると唸りながら考え始めた。
「そんな大仕事となると、あの二人しか出てこないな。それでいいのか？」
ミルがお任せしますと答えると、親父は人をやりその冒険者を呼びに行かせた。
ルルアンタが親父が呼んだ人物について質問する、強者揃いドワーフ王国にあって、
最高の冒険者達となれば気になるのも当然であった。
「おじちゃん、どんなひとなの？」
「戦士と魔法使いだ。戦士はドワーフで、名工でもある。
魔法使いはエルフで気位が高いが、魔法の腕は当代随一じゃないかな。
二人ともずっと人間の冒険者とパーティを組んでいて、最近ここに戻ってきたんだ。
おそらく彼らに出来ないとなると、大陸探しても出来る者は皆無に等しいかもしれんぞ。」
「へぇすごいんだぁ。そんな凄いひとならどっかで会っているかもね。ね、ミル？」
ミルもなんとなくひっかかるものを感じつつ頷くと、親父がにやりと笑う。
「おう、そうだな。会った事あるかも知れねぇなぁ。」
そのときカウンターの方が騒がしくなったのを聞きつけ、
来たなとばかり親父が部屋の外へ出て行った。
そとから甲高い女性の声が聞こえる。
ギャーピーギャーピー騒ぎ立てており、それをあきれ気味に嗜める野太い男の声も聞こえた。
「どきなさいよ。レディ、しかもエルフに道を譲るのは常識、道理、礼儀でしょ！」
思わず何とも言いがたい表情を浮かべミルとルルアンタは顔を見合わせた。
親父が彼らを案内し、部屋に入ってくる。
「げっ！あんたは！！」
「おじいちゃん！？」
「？」
その二人の驚きのあまりミルとルルアンタは腰を上げた。
事情を知らないアトレイアは二人を不思議そうに見上げている。
入ってきたのは巨大な戦槌を担いだドワーフと槍を手に持ったエルフであった。
「なんじゃ、お主らか。戦場以来となるのか、随分と久しぶりじゃな。」
がははと豪快に笑うドワーフ戦士は以前戦場で強敵として対峙したデルガドであり、
横にいるピーピー五月蝿いのはエルフの魔法使いフェティであった。

　それから数日後、五人はまだドワーフ王国にいた。
デルガド等との契約が纏まった直後、ミルはその場でぶっ倒れてしまったのである。
言うまでもなく連日の疲労が原因であった。
ミルが目を覚ました時、そこは見知らぬ個室であった。
腹の上に重みを感じそちらへ目をやるとそこにはアトレイアが上体を預け、
すぅすぅと寝息をたてていた。
おそらく自分がこんこんと深い眠りについているあいだ心配してくれていたのであろう。
ミルは彼女に布団をかけてやると、部屋の外にでた。
そこはどうやら鍛冶屋の工房の様であった。
「あっミル！元気になったんだね。」
「おっとととと。ちょっとタンマ。」
ミルを見つけたルルアンタが勢いよく駆け寄りそのまま飛び付いた。
しかししばらく寝っぱなしであったためルルアンタの勢いに負けよろめいてしまう。
「ふふ、仲が良いな。結構結構。」
「デルガドさん。」
「大体の話は聞いた。まぁわしらに任せておけ、大船に乗ったと思うが良い。」
「ありがとうございます。」
先ほどの別の部屋に通されるとそこにはエルフの魔法使いフェティが居た。
天空を目指すかのごとく結い上げられた独特の髪型とエルフらしい真っ白な肌を持った女性であった。
そこでお茶をのみながら細かい話にはいる。
しかしその前にデルガドが話しづらそうに切り出した。
重い空気が立ち込める中、デルガドはエリス王妃とゼネテス総指令が、
レムオンにより処刑されたと言う事実をミルに告げた。
それは既にルルアンタとアトレイアには話したともデルガドは言った。
ミルとしても覚悟していた事実であったが恩人の死に、やはりショックは隠せなかった。
だが、いつまでも悲しんで居る訳にも居かなかった。
問題になったのはどこまで護衛すれば良いのかと言う話であった。
「でっ、どこに行くつもりだったていうのよ。」
フェティの問いにミルはにやりと笑い広げた地図を指差した。
「ここです。」
そこは帝都エンシャントから一日の距離、賢者の森であった。
「猫屋敷です。賢者オルファウス様の所でほとぼりが冷めるまで厄介になるつもりです。」
「不細工な猫ちゃんのいるところ、あそこなら安全だね！」
「だろだろ。」
ミルは鼻高々で胸を張った、のだが。野次が外野から飛んできた。
「そんなことで威張るなんてド下等生物って信じられないわ！」
「オルファウス殿の所か、良い選択じゃな。」
「って、なんで知って居るんですか！
選ばれた人間しか入れない、ハズの場所……。」
「アタクシだって猫屋敷ぐらい行った事があるわ、高貴なエルフに不可能はなくってよ。
尊敬をこめてフェティ様と呼んでよくってよ。」
ミルは思わず絶句した。
「そんなぁ…」
「くくく、とんだ食わせ者じゃな。賢者どのは。
ミルよ、わしらが行った時も、他に入れる奴が居るなど聞いてなかったぞ。」
デルガドは楽しそう言った。

　一行はミルの全快を待ちドワーフ王国を出発した。
ドワーフの大洞穴を抜け一路帝都エンシャントを目指す。
アトレイアが居るため非常にのんびりとしたペースではあるが、
ドワーフ王国に辿りつくまでとは大違いの快適な旅であった。
だが、いざ帝都に到着するとミルは違和感を感じた。
いままで何度も訪れた事のある町ではあるが…
非常に高まりつつある闇の気配を感じたのだ。
デルガドにその事を告げると、デルガドを初め、
フェティやルルアンタも同じ事を感じた様で、直接賢者の森に入る事になった。
もちろん帝都がいま政治的にも不安定な状況にある事を踏まえての判断であった。
賢者の森を抜け猫屋敷に到着する一行。
そこで迎えたのは庭先に居た二匹の猫であった、賢者オルファウスと退役魔人ネモであった。
にこにこと挨拶しようとするオルファウスを遮り、開口一番ネモが言った。
「エンシャントの方から昔の仲間の臭いがすんだよな。おまえら良く巻き込まれないですんだな。」

　そのころ帝都エンシャントエンシャント城内執務室では帝国宰相である、
ベルゼーヴァ・ベルラインが政務に勤しんでいた。
その机には山のような書類の束が所狭しと積まれていた。
もとより部下たちが舌を巻く能力を持つベルゼーヴァである、
その書類の山を戸惑うことなく迅速に処理していった。
ベルゼーヴァのやるべきことは決まっていた。
行方不明となった獅子帝ネメア、その生存を誰よりも強く信じていたのが彼であった。
帰ってくると信じている以上帰ってくるまで帝国を維持することが彼の役目であった。
しかしネメアの失踪後、内務担当である玄武将軍ザギヴ・ディンガルの調子が明らかにおかしくなり、
その分も彼がこなさざるを得なくなった。
それは帝国の運命が彼の双肩にかかってきている事を意味していた。
その鬼気迫る表情で書類を決裁し続けるベルゼーヴァの執務室に一人の闖入者が現れた。
とんとんと扉を叩く後、一人の娘が現れたのである。
茶色の髪を持ち小柄で華奢ともいうべき姿をした娘であり、
美しいというよりも可憐という印象を見る者にあたえた。
しかしその軽やかな動きは十分に鍛錬されていることを十分に感じさせた。
事実彼女を小娘と侮ったものは尽く返り討ちにあってきたのである。
娘の名をティナ・ミイスといった。
栗色の戦士と異名を取る地図にも載らぬような小さな村出身の冒険者であり、
リベルダム解放軍の中核を担う存在だった。