１０ギアのほうしゅう

　ウルカーンの街の奥にひっそりと佇むギルド、そのギルドの主人は、
魔導師のローブを纏う体を、椅子に深く沈めながら過去に思いを馳せていた。
最近このように昔を出す事が多い。
年をとったのだろうか。と、主人はふと思う。
特に今日そのような感慨を覚えるのは、一人の若者がギルドにやってくるからであろう。
まだ自分では若いと思いつつも身の回りの環境の変化は、
年月の速さというものを否応なく己に思い知らせてくれるものだ。
窓に目をやるとその当の青年がこちらに歩いてくるのが目に入った。
「自分の力で世界を見てまわれるような強い冒険者になるよ！！」
なんということであろうか、目を閉じれば彼が少年らしい闊達さで宣言したあの瞬間が
まるで昨日の事であるかのように思い出せるというのに。

　それは多くの吟遊詩人に歌われるディンガルとロストールの戦いの真っ只中のことだった。
いつの頃かウルカーンの子供たちの間で鳳凰山の頂上に鳳凰がいるという話題がのぼった。
どこの子が言い出したのかわからなかったが、鳳凰山に登ってケガでもしたら一大事と思い、
顔をしかめていたところ、町の男の子がギルドにやってきたのである。
「本当なんだよ！本当に、鳳凰がいたんだよ！」
「鳳凰山に鳳凰がいる…ねえ…。なんか、単純過ぎてなあ……。」
多少呆れを交えつつ適当に相手をしているとそんな私に痺れを切らしたのか、
「ねえ、おねえちゃん冒険者でしょ？鳳凰山の鳳凰を見つけてきてよ！！」
少年のつんざくような叫び声がギルドの中を響き渡った。
なんと町の男の子はちょうど入り口から入ってきた茶髪の冒険者に声を掛けたのである。
だが出会いとは本当に面白いもので、それが幸いするとはあの時は微塵にも思わなかった。
「鳳凰って？」と言う声とともにその女冒険者は男の子に興味を示したのである。
彼女に事情を説明してやると「だーかーらー！」という男の子の声がギルドに響きわたった。
「絶っ対にいるんだってば！！」という自分の主張を声高に叫ぶと更に言葉を続けたのだ。
「ね、頼むよ。鳳凰を見つけてきてよ。本当にいるんだよ。ね、ね！」
こともあろうか子供らしい遠慮のなさでその女冒険者に頼み込み始めたのである。
大人ならば当時売り出し中の風の微笑と異名をとる茶髪の少女に
そのような不躾な願いを頼みこみはしないだろう。
だが本当にやさしい愛すべき娘はそれを快くひきうけた。
飛び上がらんばかりに喜んだ男の子は「ほうしゅう、いるんでしょ？」と
微笑ましくも少年からのほうしゅうを彼女に指し出したのである。
少年の一ヶ月のお小遣いまるまる全部である１０ギア。
それが男の子の可愛らしい手に握られたほうしゅうだった。

　少年はほうしゅうを払ってからというもの、毎日ギルドにやってきた。
主人である私は男の子に「おねえちゃんは？」と何回も聞かれたものだ。
一日に何度も現れその度に聞かれたこともあった。
少年は本当に今か今かと楽しみに、首を長くして待っていたのだ。
風の微笑は男の子との約束どおり鳳凰山に登り、頂上に辿り着いた。
驚くべきことにそこには本当の鳳凰がいたのだ。
正確に言えばティラの娘と言う強力な闇の魔物であったそうだが。
後でそのことを聞き及ぶにあたって、
もし子供たちが鳳凰山に登っていたら…と血の気が引いた事を覚えている。
「そうなんだ…。あの鳳凰、悪い鳳凰だったんだ…。」
ギルドでその報告を聞いた少年は小さな肩を大きく落とし落胆したが、
本当に鳳凰がいた！という喜びは遥かにそれに勝るようであった。
「そっか…。自分で見れなかったのは残念だけど…、でも、ありがとう！　おねえちゃん。
ぼくもいつかおねえちゃんみたいに自分の力で世界を見てまわれるような強い冒険者になるよ！！」
そういうが早いか出口に向かい男の子は駆け出していった。
あの時の思わず目を細めるほどに嬉しそうで誇らしげな男の子の表情といったら！

　あれからもう何年がたったのであろうか…
少年は青年となり冒険者になることを志願し、今主人の前に立っていた。
青年に幻術計を使いながら主人はあの少女の事を考えた。
あの戦争の中で素晴らしい活躍を残し、
その通り名の通り一陣の風のように風の微笑は姿を消した。
連れと冒険している、弟が家業を継いだ等、様々な噂を耳にしたが彼女はようとして知れぬ。
もしかすると連れと一緒に別の大陸にでも行ってしまったのかもしれない。
幻術計は反応せず、彼はめでたく冒険者となった。
大きなガッツポーズをとる青年に主人は思わず、
「どんな冒険者になりたいのか」と聞かずにはいられなかった。
「世界を見てまわれるような強い冒険者かなあ。」
照れたように頭をかきながら少年であった青年は言うと、慌てて訂正した。
「やっぱり１０ギアぐらいで子供の頼みを聞いてあげられる冒険者になりたいな！」と。



『本好きの妖精』ぴくしぃ様へ贈呈させていただきました。