光
―願いの導べ―

　太陽が地平に姿を消し、闇がひたひたと歩を進め全てを覆い隠そうとしていた頃。
王城のある大都市ロストールと、ディンガル帝国帝都エンシャントを結ぶ街道沿いに
突如目も眩むような光を纏い二人の男が現れた。
一人は少年、一人は青年であった。
「おい、シャリ。こんな所で油を売る時間はないぞ。エンシャントへ向かうのだろう？」
「ちょっと待ってよエルファス。こっちのほうにとっても強い願いを感じるんだ。」
「…おせっかいだな。死者の願いなど無視するべきなのだ。僕は先に行く。あまり遅れるなよ。」
「わかってるさ。」
赤茶けた帯状の服を着た、長い銀髪が印象的な青年であるエルファスが、
呆れた様に言い放ち再び闇の中に姿を消すと、その場にはシャリと呼ばれた少年一人が残った。
無邪気な表情を持ちながらも、どこか恐ろしげな笑みを口元に湛えたシャリは、
薄緑色に装飾された小さな服を風になびかせ、ゆっくりとあたり一面に目を走らせる。
そして目当ての物を探し出したのか、一本の木の前まで歩いて行ったシャリは、
その木の根元のあたりに膝をつきじっくりと覗きこんだ。
覗きこんだ付近、木の影に隠れた位置には、一つのしゃれこうべが転がっていたのである。
シャリは何処からか自らの剣を取り出し、しゃれこうべをそれで軽く叩くと、
鈍い紫光がしゃれこうべを包み込み、一人の黒鎧騎士の姿がぼぅと浮かび上がっていった。
するとしゃれこうべの口元がかちかちと鳴り、幽かに音らしきものを紡ぎだしたのである。
「ぁ、まぁ…マータ…。ぼ、僕は、…死…た。
いつ…までも…悲しまない…で。勝手な…勝手な言いぐさ…だ…けど…。」
シャリは満足げに頷くと、そのしゃれこうべを人目のつかないところまで運び、
自らも腰をおろしてしゃれこうべと向かい合った。
「はじめまして、僕はシャリ。時間がすり抜ける、死者の味方さ。」
「僕はらっる…ふ。ラルフ、だ。」
「ラルフ、君の野ざらしの死体からとっても強い願いを感じたんだ。
よかったら話を聞かせてくれないかなぁ。」
シャリを警戒していたのか、しばらくの時間彼は沈黙を保っていたが、
じきに歯と歯がぶつかる硬い音をたてながらゆっくりと語りだした。
「…僕は…アンギルダン…将軍と…一緒に出征して…エンシャントを、旅立ったんだ。」

　知っての通り僕らの国であるディンガル帝国は、ネメア様のもとで大陸制覇を目指していた。
僕は黒鎧騎士で朱雀軍の一員だった。
帝国統一の名将であるアンギルダン・ゼイエン将軍が指揮をとり、
南の大国ロストール王国攻略の任を担うという大陸制覇の要を任されていた部隊だ。
そして少数の精鋭を厳選した攻略部隊の一員に選ばれた僕は、
ロストール王国を攻略する為アンギルダン将軍ともに分断の山脈を越えた。
アンギルダン将軍は本当に素晴らしい人なんだ、一目見た時から引き込まれる感じかな。
この人の為に戦いたい！って思わせるような大きな人だった。
余談だけど将軍の副将をつとめていた、栗色の大地という通り名を持つ女冒険者は、
容姿端麗な才女で孫くらい年齢が離れているにも関わらずとても将軍と親しかったから、
「年寄りがなんでもててんだよ、世の中不公平だ！」
って若い黒鎧騎士を中心に騒いでたのが懐かしいよ。
それに将軍といえば、直々に僕に声を掛けてくれたんだ。
しかも凄い事に僕にマータがいるって御存知だったんだよ！
これだけでも凄く驚いたのに、将軍は笑いながら僕の背を叩いて
「吉事には是非呼んでほしい、朱雀軍の部下はすべて血縁の家族と同じだからな。」
と言ってくれたんだ。もっとも酒の席での話だけど。
戦史上初めて山を越えた軍隊である僕たちは、不意をうたれ慌てて急行したロストール軍を壊滅させ、
王都ロストールまであと少しってところまで辿りついた。
そこまでは何もかもが順調だった。だけど、あいつにやられてしまった。
あの両手剣を軽々と扱う、胸を肌蹴させた伊達男に！
アンギルダン将軍が食料を徴収する為に軍を散開させた瞬間を狙われた。やられてしまったんだ。
あぁ！あいつが馬に乗ってやってくる！
両手剣を大きく振りかざし、風をまいて、僕のほうへ一直線に！
首は刎ね飛ばされ、胴は馬に轢き潰されて、かなしいけれど、そこで僕は戦死した。

「こんな姿になっても、残されてしまった人のことがずっと心に残っていた。
僕のことでいつまでも悲しんでいるんじゃないかって。
もしそうならば、早く元気になってくれると、うれしい。
マータに会いたい、最後にもう一度だけ会いたいよ。」
その言葉を最後にしゃれこうべはすべての力を使い果たしたようにまったく動かなくなり、
それにあわせるように闇に浮かんでいた黒鎧騎士の姿も掻き消えてしまった。
「彼女に会いたい？じゃあ、行こうか。その願いかなえてあげるよ。」
シャリはそのしゃれこうべを抱き上げると、光とともに姿を消した。

　しばらく後、シャリはエルファスを伴い、エンシャントのノトゥーン神殿のニ階に姿を現した。
街道の時と同じように光を纏い瞬時に現れたのだ。
二人の目には眼下で一人の乙女が一心不乱に祈りをささげている姿が飛び込んできた。
「天空神ノトゥーンよ。アンギルダン将軍とともに出征した私の恋人ラルフの安否を教えてください。
どうか、その大いなるお力をもって…お示しください…。どうか…。」
彼女の忘我したかのような呟きが、神殿全体に反響し二人の耳にも届く。
「お行きよ。愛しい人のもとへ。」
シャリがしゃれこうべを天高く掲げると、
しゃれこうべは光の塊と姿を変え、ゆっくりと恋人のもとへ飛んでいった。



『ビクター通り商店街』よん様へ贈呈させていただきました。