海の向こうで

　バイアシオン大陸から大海原を隔てた大陸、
その大陸の中を走る街道の一つ、と呼ぶにはあまりに御粗末なでこぼこ道を、
ごとごと音を立てて荷馬車が進んでいた。
御者台には年季のはいった深いシワと、顔の下半分を覆う立派な髭を蓄えた、
人の良さそうな老農夫がどんと構えている。
その様々な農作物を満載した荷台には、
荷物に紛れて若い二人の男女が座ってなにやら軽く言い争っていたが、
御者の老人はすでに慣れっこになったようで、気に留める風もない。
ぽかぽかとした柔らかい陽光に身をゆだねながら馬車は進んでいた。

　荷台に居る一人は短い黒髪に青い布服を着た青年で、
その顔は決して強暴そうななものではなかったが、眼光は鋭く、
得物の両手剣とあわせて、周囲に高い能力を否応なしに知らしめていた。
言い争っている彼の連れは、栗色の長い髪を後ろでまとめた、軽やかな印象を与える娘で、
肩にかけた巨大な鎌が圧倒的なまでの存在感を誇っている。
それはまさしく見るものに人の魂を、
収穫時を迎えた作物のように簡単に刈り取る死神を連想させた。
だが奇抜であるのはその武器だけではない、
その鎧もまた見る者の目を強烈に引かずにはいられない、シロモノであった。
彼女の鎧は彼女の鍛え抜かれた白い太ももや腹部が露出しているという、
奇天烈なデザインであったからだ。
彼女の言わせると「わっかんないかなー」とのことであるが、
連れの男としてはそういうセンスを解りようが無い。
ただ彼女の過去を考えた時、戦慄とともに冷たいものが背を伝うのを男は否定出来なかった。
青年の名を「風の鉄壁」ダランベールといい、娘の名を「青い死神」カルラといった。

「だからー、あたしはこのデスサイズ一本がいいの。わっかんないかなー？」
「わかんねーよ。今回は町が丸まる敵さんだって何度も言ってんだろ、
おとなしく短剣とかアイテムとか色々持ってけ。」
カルラは、ごろごろと床に転がると、詰まらなそうに口を膨らませた。
「そういえばさー、町一つ丸まるとかいってるけど、子供がいたらどーすんの？」
「よく訓練された暗殺者だ。」
「年寄りがいたら？」
「さらに訓練された暗殺者だ。」
「くすっ。あんた、いまメチャクチャなこと言ってるよ。」
「マジなんだからしょうがない。
ホント戦場は地獄だぜ！フゥハハハーハァー。」
彼らが荷台の上でこんな会話をしているのも、
数日前この大陸にやってきて直ぐのカルラの一言が原因だった。
「やっぱさー、名前を手っ取り早く売るにはおっきい仕事よねぇ。」
その言葉を真に受けたダランベールが、港町のギルドで討伐隊の傭兵募集に応募したのだ。
敵はバイアシオンで言うところの、施文院のようなある種の暗殺結社だった。
現在、カルラの思いつきでその抜け駆けをして、たまたま出会ったお爺さんに、
適当な場所まで乗せてもらっている、というわけである。
海を渡ってすぐ、ろくにこちらのことを知らない状況は、
いくらバイアシオン大陸で名を馳せた二人とはいえ、
自分たちがこちらの大陸では、どのくらいの力を持っているのかわからないということ。
そして土地勘もまったくなく、どんな武術どんな魔法があるのかすらよくわかっていない。
そんな無謀を犯しながらも、荷台で揺られながらカルラはよく笑い、ダランベールも妙に楽観していた。
ダランベールはこちらの大陸に向かう船の中で、
カルラが言っていたように国の一つ二つ平らげて自分たちのものにしてしまう、
というのも悪くないような気がしていたし、なによりカルラと自分が生きていくとすれば、
スケールの大きい舞台こそが相応しいと思っていた。
そこに待つものが、例え血の海に沈むような未来であろうとも。

　街道の追分で老人が「ついたぞぉ。」と声をかけた。
二人が礼をいい馬車から降りると、老人はそっちの道は危ないぞと忠告してくれた。
流石にまさかこれからたった二人で、その危ない原因の連中を叩き潰しに行くつもり、
などとは夢にも思っていない。
「目的地はもうすぐなの？」
「地図見る限りじゃそうみたいだな。」
「あんたもつくづく好い加減だよねぇ。あたしは見ていて飽きないからいいけど。」
「ま、無敵のカルラ将軍が後ろにいてくれるからね。頼みにしてまっせ。」
「うるうる。さすがは無限のソウルって感じだよねー、よくわかってるじゃん。
カルラさんにぜーんぶおまかせしときなさいな。」
馬車を見送りながら、二人は軽く武器を交差させてにんまりと笑い合い、
軽く散歩にでも行くかのように陽光に光る深緑の中を歩き出した。