お墓参り

　バイアシオン大陸の北西、
そこには神聖王国アルレシアの流れを汲む最後の都市国家、アルノートゥンがある。
もともと断崖絶壁に作られた辺境という立地に加えて、
男の神官と傭兵がほとんどという殺風景な宗教都市であったが、
今日はより一層重々しい雰囲気に溢れていた。
多くの吟遊詩人に語られるディンガルとロストールの戦いの後、
無限のソウルを持つ、オズワルド出身の冒険者クーファが、やってきたのはそんな日の事だった。

 「おぉ！　よく来てくれたな。イズキヤルめもよろこんでいるじゃろう。」
イオンズはクーファを見つけると、老境にさしかかろうというその年に比べ、良く通る声で呼びかけた。
金髪で全身鎧を着込み、背には巨大な両手剣という姿は遠目にも良く目立つ。
そして、それ以上に目立つのが、クーファの後ろに控える白髪赤鎧の老人であった。
この老翁こそ、大陸にその名を轟かした名将アンギルダン・ゼイエンである。
一方のクーファはイオンズを見つけると、気だるそうに手をあげながらやってきた。
「うっす、おっちゃん。今回はスペシャルゲストつきだぜ〜。」
「ひさしぶりじゃな、イオンズ殿。わしもクーファから話は聞いておる。」
「おお、わが心の師であるアンギルダン殿と、
今再びこうしてひとつの旗印のもと、お会いできる喜びを……。」
「おっと待った。そういう話しは、墓参りをすましてからじゃな。」
今日は、昔イオンズがクーファの仲間として旅立つきっかけとなった、
ティラの娘イズキヤルの命日であった。
そしてクーファとアンギルダンはイオンズに呼ばれ、
イズキヤルの墓に花を手向けるためにアルノートゥンにやってきたのである。

　イオンズの案内で連れられたイズキヤルの墓は、市街から天経院に至る道の中腹にあり、
そこから遥かアキュリュース方面への眺めは、クーファも思わずため息が出るほど美しく見えた。
「なかなかの景色じゃろ。ここなら我が友も満足すると思ってな。」
墓の前には、イズキヤルと鬼ごっこをしていた子供たちが居座り、
神官たちが入れ替わり立ちかわり粛々と花を手向けて現れ去っていく。
闇の怪物であるイズキヤルと過ごした日々は、数年たってもここアルノートゥンで確実に息づいていた。
子供の一人が花を供える後姿をじっと見ながら、イオンズがつぶやいた。
「のぅクーファ。わしの夢…つまりは怪物どもとの共存という友の願いは、
怪物どもを目覚めさせ、その敵意を煽る奴が一人いるだけで、千年単位で遠ざかるようなものじゃ。
だがの、ああやってイズキヤルと遊んだことを、
心の奥底にでも覚えていてくれている子供たちの姿を見るとなぁ。
なにか、こう、ぐっとした手ごたえを感じんか？」
イオンズの、子供たちを見る目、神官たちを見る目、
アルノートゥン全ての人たちを見る目、イズキヤルの墓に向けられた目は、全てとても優しかった。
そんなイオンズだからこそ、強力な闇の怪物ティラの娘であるイズキヤルと、
辛苦苦難の末互いに歩み寄り、ついには友になることができたのだろう。

「さて、イズキヤルとやらを寂しく送るのは一旦終了じゃな。」
「仰る通りで。」
湿った空気を振り払うようにアンギルダンが口を開くと、イオンズも頷いた。
「皆の力を借り、宴の騒をもって、星になった友を弔おうぞい。という訳ですなアンギルダン殿！」
「うむ、イオンズ殿はよくわかっておる。」
巨躯を誇る両人は示し合わせたように、同時にクーファの両肩と両腕を極め、にんまりと笑った。
「まさか、封士イオンズ様のひらく、友を送る酒宴を断る無粋はしまいな？」
「えっ、ちょっと、俺、下戸…！」
二人のオヤジは、呆然となったクーファの言葉など聞きもせず、その腕にさらに力を込めた。
「わしも、もう長くなかろう。ずいぶんと生きてきた。いつ死が訪れてもおかしくない。
だから、今はっきりとイークレムンの婿にくる日取りを決めとかんとな。」
「いやいやいやいや、アンギルダン殿。それは困る。
クーファは神官になって、いずれ封士の名を継いでもらわなければならん身。」
「むぅ、まいった。互いに納得できる案を考えねばのう。
じゃが、まずは酒じゃ！ゆこう、そして呑み、弔い、大いに語ろうぞ！」
「全くもって、仰る通りで。わーはっはっはっ！」
「死ぬ前に、楽しんでおかねばの。はっはっはっは！」
イオンズはアンギルダンと大声で笑いあうと、
「俺は聞いてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ！」と叫ぶ無限のソウルを引きずり、
子供たちを引きつれながら賑やかに去っていった。